都橋探偵事情『座視』

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 中村は肩を落として劇団に戻った。徳田は鎌田にある中村のアパートに向かった。あけぼの荘の二階の一番奥。鉄骨階段を上がり廊下を歩くとドアが開いた。足音だけで欲望を感じている証だろう。徳田と目が合った。夫人がドアを閉める。小走りで近寄りドアに足を掛けた。 「大繩夫人、私は保谷野さんから依頼された者です。お話を聞いていただかないと中村君がえらいことになりますよ」  夫人はドアを閉めるのを諦めた。下着にネグリジェ姿を徳田が睨み付けると夫人はコートを羽織った。 「保谷野が何だって、生意気に」  シチューのいい匂いがする。中村のために支度したのだろう。テーブルにはロゼワイン、洒落たシャンパングラスがピカピカに磨いてある。それを見て徳田はテープの再生を躊躇った。夫人の落ち込みを見るのも辛い。 「夫人、いくら待っても彼は来ません」 「えっ、まさかあの子に手を出したのかい?」 「いやこれからです。あなたと二度と会わないよう約束してきました。ですが約束を破ると役者の夢を断ち切る」 「あんた誰だい、殺し屋かい?」  徳田は名刺を出した。 「探偵が出しゃばるんじゃないよ。金なら保谷野の倍出そうじゃないか。巧いこと保谷野に言って誤魔化しておくれよ」  夫人は作戦を変えたようだ。ここで徳田はさっきのテープを再生した。 『彼女もうじき五十のばあさんですよ。彼女は僕のために金を出す。僕はその金を貰って役者に打ち込める、そんな関係ですよ、それをあのばあさんも望んでる』  テープを切った。夫人がシャンパングラスをシンクに投げ付けた。テーブルに顔を伏して泣いている。聞かせなければよかったか。
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