都橋探偵事情『座視』

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 宮川橋の下をポンポンと音を立てて小船が下る。アール状の都橋商店街の前に差し掛かる。手摺に凭れた男が船にラークを投げ入れた。船頭が手を上げた。船はごみの溜まる真っ黒い海に入って行った。 「待たせたね、そろそろ行こうか」 「いよいよ今日で閉店ですか。寂しいな」  都橋商店街の二階で営業している『都橋興信所』の所長徳田英二が同じく事務所を開いていた『都橋結婚相談所』の所長岡林と二人で宮川橋側の階段を下りた。徳田が抱えているのがブリキの看板、岡林が脚立を担いでいる。 「電電公社には話しておいた」  今日で結婚相談所を閉める岡林が言った。川縁を歩いて長者橋を渡った。 「これこれ、この電柱」  長者町五丁目の電柱に結婚相談所の看板が打ち付けてある。脚立を広げた。 「探偵は大工なんて出来ないだろうなあ。どれ私がやろう。これでも兵隊時代は大工もやらされた」  黒のトレンチコートに黒のソフト帽。看板を取り付けるのにまさかこんな格好で来るとは思わなかった。岡林は徳田の服装を一瞥しながら脚立を上る。徳田は背広とコートしか持っていない。作業着らしいのがいいと考えたが買うまでもないといつも通りの服装で来た。岡林が看板を外した。 「私がやりますよ。自分とこの看板を所長に取付けてもらったら罰が当たる」  徳田が同じ位置に看板を合わせた。『都橋興信所 探偵募集 都橋商店街2階』脚立を下りて看板を見上げた。 「こんなんで人が来ますかね」 「意外と来るもんだ。うちにも電柱の看板見て来た客がいたよ」  
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