77人が本棚に入れています
本棚に追加
徳田はコートのポケットにオメガの腕時計を確認した。ドアを引くとナットキングコールのナンバー『モナ・リザ』が演奏されている。奏でているのは若い女である。どことなく林に似ている。バーテンがボックス席を勧めたが道子の希望でカウンターに座った。年配で小柄なバーテンはグラスを磨きながら会釈した。
「いらっしゃいませ」
徳田に声を掛けた。
「オーナーはいますか?」
「三十分ほどで参ります。オーナーのお知合いですか?」
「何と言うか、少し難しい関係と言うか」
徳田が口を濁すとバーテンは頷いた。
「私にチャイナブルーお願いします」
バーテンは大きく頷いて徳田を見た。
「私は」
徳田は考えた。そうだ、林との約束。
「ヘネシーパラディアンぺリアル」
バーテンは一瞬目を丸くしたが頷いた。いくらするだろうか、懐は寂しい。道子に借りておこう。
「チャイナ、何とか、どこでそんなカクテルを?」
道子は笑った。
「あなたが留守の時貞淑な妻だと思っていたの?」
「思ってた。君がいるから安心して仕事が出来る」
道子はからかうつもりだったが徳田の真剣な答えに恐縮した。
「実はね、あなたの帰りを事務所の前で待っていたの。そしたら日出子さんが声掛けてくれて、バーテンさんが薦めてくれたのがチャイナブルー。おいしいの」
最初のコメントを投稿しよう!