都橋探偵事情『座視』

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辞めるつもりでいるから恐い物はない。口頭で告げて後日辞表を送ることにした。それに上司と長話になれば必ず余計なことは喋らないようにと口止めされるに決まっている。平野は知っていること全てを当局に明かす決心をしている。横浜宿舎に戻って荷物をまとめ探偵事務所に出向くつもりでいる。吉崎組の連中から追跡されるのを助けてくれた。胸のポケットにはその探偵の名刺がある。  河原に停めてある赤いシビックが動き出した。野本は吉崎工業の駐車場に入る車に気付いた。色は分からないがカローラセダン。大津で追跡した車、運転手は社員の平野である。21:00.吉崎工業の宿舎も静かになった。食堂の灯も落ちた。事務所に入った平野を待ち構える。  平野は遅くなるから明日でいいと言ったが、いつまでも待ってると課長に押された。 「ただいま戻りました。課長、ご迷惑をおかけしましたが会社を辞めます。辞表は必要なら後日送ります。お世話になりました」  平野はこれで退散しようとした。 「おいおい、平野君、まあ待てよ。少しは私の話も聞いてくれないか」  課長はお願いするように平野の腕を取った。 「何でしょうか?」 「まあ、座りなさい」  仕方なく平野は今までいた自分のデスクに座った。 「吉崎組が解散することになった」 「それじゃ会社も解散ですか?」 「いや存続する。社名は変わる。経営そのものは健全で、大手ゼネコンからも信頼を得ている。作業員の雇用を守る上からもそれを望んでいるらしい。暫くは銀行から経営陣が乗り込んでくる。立て直れば現役員から候補が上がるだろう。その手伝いを君にも担って欲しい」  平野の予想と大きく違っていた。
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