都橋探偵事情『座視』

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「さっき若い子が入って行ったね、まさか未成年じゃないよな」  中西は細く開いた窓の上部に手帳を翳し、続けて言った。 「今から乗り込んでやろうか」 「ああ、旦那どうも、お人が悪い、大阪ナンバーだから脅かしてやろうかと思って、どうぞ、ここは旦那の専用駐車場ですから。いつまでもごゆっくりと、見張っておきます」  トルコの受付は調子よく店に戻った。川を挟んで都橋商店街がある。ベンツの対面が都橋興信所である。灯は消えている。二階の商店街は徳田の事務所以外全て飲み屋である。スナックとバーが立ち並ぶ。盛況とは言えないがそれなりに営業している。酔っ払いが川にげろを吐いた。年増が出て来て背中を擦っている。何もない平穏な光景である。中西はこんな平和な街の様子がずっと続けばいいと思った。大岡川と埋められたが吉田川、そして中村川に挟まれた釣鐘状の地区。元は海で江戸時代のディベロッパーが農地にするために埋め立てた。その埋地に人が集まった。大きな港が出来て外国人が増えた。故郷を追われた男達、春を売る女達、それを喰物にするやくざ、やくざを動かす政治家、その政治家を市民が選ぶ。おかしな街になってしまった。埋め立てずに海のままならこんな犯罪都市にはならなかった。江戸時代のディベロッパーも草葉の陰で嘆いているに違いない。中西は都橋商店街を行き来する男女をじっと見ていた。二人の男が都橋側から廊下を歩いている。都橋興信所の前で止まった。何か話している。  もう一枚名刺を差し出した。オーナーは一瞬目を見開いた。しかし慌てることなく徳田を見つめた。 「私の最高のパートナーでした。知り合って三日の付き合いでしたが真の友であり、相棒でした」
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