都橋探偵事情『座視』

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 岡林は回想していた。帰還してから始めた結婚相談所、それは表で裏は売春斡旋業。戦争未亡人が食うために身体を売っていた。もう食うために身体を売る必要がなくなった。ブリキの看板と共に剥がれ落ちた貧しい時代である。昭和五十年四月二日、花曇りの午前九時過ぎである。 「やっぱり日出子ちゃんがお店を?」 「うん、男と一緒にスナックやると張り切っているがどうだか」 「岡林さんは?」 「国民年金じゃ満額だって月に八千円ぐらいだし、それだけじゃ食っていけないね。そうは言ってもこんな商売していて取柄もないしね。いろんな人と出会って、人の心中を察するようになったぐらいかな」  そう言って何かを思い付いた。 「何かいい案浮かびましたか?」  徳田が訊くがにやにやするだけで明かさない。二人は都橋商店街に戻っていた。 「探偵さんよ、日出子のことを宜しく頼むよ。気が強いから客と喧嘩するかもしれない」  岡林は頭を下げて引き上げて行く。 「ありがとうございます」  徳田が声を掛けるが脚立の足が手摺に当たり回転出来ない。諦めて振り向かず手を上げた。  福富町の貿易ビルの四階ドア前で二人の刑事が張っている。中から出て来たら侵入するつもりである。ノックすれば片付けられてしまう。ドアが少し開いた。隙間に手を入れておもいきり開いた。若い方が飛び込んだ。女が騒ぐ。女を引っ張り出してロックをした。
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