都橋探偵事情『座視』

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 カチとノブを回して間を取った。十センチ開いてまた間を取る。素人じゃない。徳田はドアから少し離れた。一気に開いた。 「こんにちは」  男が言った。徳田がソファーに座るよう促した。ステッキは縮めてコートの内に収納した。  男が三人掛けのソファーに座るとガラスのテーブルを挟んで徳田も二人掛けのソファーに座る。男は事務所内を一瞥してマルボロを出した。 「同業のようだが録音はお断りだ」  男が出したマルボロは録音機である。テーブルに置いたときに僅かだがカチと金属音がしたのを徳田は見逃さなかった。男は笑ってマルボロの底のスイッチを徳田に見えるよう切った。そして名刺を差し出した。名刺には関内探偵事務所、調査員 林 義男とある。 「大手の事務所がこんなちっぽけな興信所に何か用でしょうか。それとも潰しに来たとか林さん」  徳田は嫌味たっぷりに言った。ここを開く前に務めていた興信所の所長が関内探偵から独立した。そこの所長から噂は聞いていた。そしておもむろにワイシャツの内ポケットに入れてある録音機のスイッチを入れた。 「はやしじゃなくてリンと読みます。国籍は台湾です。母親は日本人です。台湾人の父は野毛でピアノバーを開いています」 「失礼しました。それで林さん、用件を伺いたい」 「実は弊所で抱えている案件にご協力願いたい」 「聞いた後で断ることは出来ますか?」 「オブコース」  気障な野郎だ。
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