都橋探偵事情『座視』

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「吉崎工業?」 「ご存知ですよね、バックは吉崎組です。保険金の受取人はその吉崎組の娘婿で竹中真司と言う吉崎工業社長です」  五年ほど前から寿町に事務所を構えている吉崎組の関連会社である。緑区に大きな宿舎を構え千人近い作業員がいる。港湾関係や土木建築の三次会社として人夫出しをしている。 「地元だから私が詳しいとお考えですか?それならお力になれない。うちに来る依頼人の八割はやくざで残りの二割が浮気調査です。稀に命懸けの仕事がありますが報酬はそれほどでもない。相手を見て吹っ掛けるか、自分の価値観で突っ込んでいく。大概後者で損な役回りをしています。大手の探偵事務所が匙を投げるほどの難題を引き受けることはしません。器を考えてやっています」  徳田は実際にこういう類の調査は苦手だし興味もない。大手保険屋には腕利きの専属調査員がいるし、その下には関内探偵のような有力事務所も控えている。『人捜しなら都橋』と地元のやくざに少し売れているだけの話である。それも浮浪児からの付き合いで可愛がってもらっていると言った方が正しい。 「所長の噂は地元のやくざから聞き込んできました。その人捜しを手伝っていただけないでしょうか。勿論あなたの主導で私も動きます。全てうちの事務所、当該保険会社からも了承済みです」  林の目は真剣である。それは徳田にもよく分かる。しかしどうして大手の事務所がこんなちっぽけなところにわざわざ頭を下げてくるのだろう。もしかしたら大枠を超えた、林自身が個人的な価値観で追っているのだろうか。徳田は気になった。
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