都橋探偵事情『座視』

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「林さん、この問題に随分と力を入れているようですね。支払われた保険金を大手保険会社がヤクザ相手に再調査するとは考えにくい。損失を考えるより新たな契約が吉崎との関連を事前調査して再発防止を強化する、そう判断するのがセキュリティのプロじゃないでしょうか。振り落とされて消えて行く案件をあなたが拾い集めている、そんな気がしてなりませんが」  ガサッと音がしてラークの録音機が少し動いた。テープ切れである。二十分しか持たないと製造手、屑屋の金さんから聞いている。二十分フルに録音したのは今回が初めてで、テープが切れた時の音の大きさに驚いた。林が「ぷっ」と笑いを堪えた。徳田はスイッチを切った。 「プリーズ、テープを交換してください。私は急ぎません」  徳田は立ち上がりデスク後ろの棚からヘネシーXOとグラスを二つテーブルに置いた。 「林さん、ここからは本音で話しましょう。録音も必要ない」  徳田がグラスに注いだ。 「どうぞ」 「チンチン」  チンチン?台湾語だろうか。徳田はチンチンの意味を知らない。分かったふりして微笑んだ。 「XO金キャップ。コニャックには拘りが?」 「いや、眠気覚ましにコーヒーと飲み分けしているだけで特に拘りはありません」  得意げに言った。 「私もパラディアンぺリアルを野毛のバーにキープしています。父が貿易商もしているのでその伝手で安く入ります」  気障なうえに生意気な野郎だ。それが自然だから余計に癪に障る。まさか俺のヘネシーよりずっと高価なヘネシーを飲んでいるとは思わなかった。上手に出たつもりが真っ逆さまに叩き落とされた。本物ぶるのはこの男の前では止めようか。
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