プロローグ ようこそウイルス堂へ

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プロローグ ようこそウイルス堂へ

    「おはようございます!」  朝の挨拶と共に、元気よく私は、お店の扉を開けました。 「ああ、お嬢ちゃん。おはよう。もう、そんな時間か……」  私の言葉に応じたのは、ここの店主、マドック先生です。  いつのように彼は、だらしなく着崩した茶色いチェック柄のシャツの上に、白衣を羽織っています。でも、白衣だからといって、別に特別な作業をしていたわけではありません。ただカウンターのところに座って、難しそうな本を読んでいました。  マドック先生は、もちろん私より年上ですが、その差は十歳くらいです。その上、見た目よりも若く見られることが多いようです。それでも彼は、私のことを『お嬢ちゃん』と呼びます。  私は従業員なので、どう店主から呼ばれようと文句は言えません。そもそも私自身、小柄で童顔なので『お嬢ちゃん』扱いにも慣れています。相手によっては「なんとなく嫌!」と思うこともありますが、マドック先生から言われても、なぜだか気になりません。むしろ心地よく感じる時さえあるくらいです。  今日も、そんな日でした。  だから私は、笑顔を向けます。 「はい、そろそろ開店です!」 「うむ。では……」  マドック先生は、開店準備のために立ち上がりました。  地方都市レナトゥス、その北地区にある庶民向けの繁華街。そこの大通りから東へ一本入った裏通りに、街の人々から『ウイルス堂』と呼ばれるお店があります。  白い壁と赤い屋根が目印の、小さなお店。店主であるマドック先生と、先月から働き出した私の、二人きりのお店です。でも冒険者御用達の、特殊なポーションの専門店です。  マドック先生と二人で、開店準備に取り掛かりながら。 「今日は天気が良いので、冒険者にとっても絶好の冒険日和みたいです。きっとポーションを買いに来るお客さんも、たくさんですよ」 「そうかもしれんな」  私はマドック先生の意識を、店の外へ向けようとしました。  マドック先生は、この店に閉じこもってばかり。たまには、お日様の光を浴びるべきです。少なくとも、青空に目を向けるべきです。  私の気持ちが通じたのか、マドック先生は窓の方へ歩み寄ります。それどころか、窓からヒョイっと顔を出して、空を見上げました。 「ふむ。確かに、いい天気だ。こんなに晴れ渡った空は、一ヶ月ぶりくらいじゃないか?」  何を大げさな。  それはマドック先生が、今まで青空を見ようとしなかっただけでしょう。  そう思いつつも言葉を飲み込んだ私に、マドック先生は、軽く微笑みます。 「一ヶ月ぶりと言えば……。お嬢ちゃんが初めて店に来たのも、ちょうど一ヶ月前だったな」  そうです。  一ヶ月前の今日。  あの日、私は……。    
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