ゆりかごを透明な手がゆらす

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何事にも、 当事者になってみなければわからない苦しみがあるように。 望まぬ形で始めた育児がこれほど「孤独」なものだったとは、 思いも寄りませんでした。 ですが、そう感じる一方で。 わたしは他人に相談したり、実の両親に助けを求めることを頑なに避けていました。 (どうせ信じてもらえない) と、そう思ったからではありません。 むしろ誰かに認められたら、 この不確かな事実がいよいよ「現実」になってしてしまうという、 恐怖と未練によるものでした。 (パッと変わってしまったのなら、何かの拍子にパッと大人の姿に戻るのかもしれない……) 朝、目覚めた時、 夜、眠る時。 そんな小さな期待を幾度となく抱いてはみましたが、 反面、心の奥にはいつも、 冷ややかな諦観がありました。 月並みな言葉ではありますが、 ——こぼれてしまったミルクは二度と、元の皿には戻らない。 人生とは無情なもので、 ある日とつぜん足場が崩れ、 地獄に落ちることはあっても、 一夜にして悪夢の霧が晴れ、 清々しい朝を迎えるように好転したりはしないのです。 (きっと元には戻らない……) だからこそ、呪いなのでしょう。
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