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早苗は彼が下車する駅に着くまでのあいだ、たわいのない雑談をしていた。
その雑談をとおして、彼のプライベートが明るみになった――
彼の名は嶋根典明。誕生日を迎えていないので、年齢はまだ15歳だが中学生ではなく高校1年生で、通学先はもちろん、大郷学院だ。大郷学院は自転車競技部の強豪校で、競技部の一員として活動する嶋根くんは、早苗を助けてくれたあの日、大雨により朝練が休みだったために、いつもよりも遅い時間に登校したとのことだった。
そして嶋根くんは、こうも言っていた――
「部員だとはいっても、実は僕、ロードレース初心者で、まだ自分のロードバイク、持っていないんですよ。だから今は先輩のお古を借りて練習しているんですが、やっぱり欲しいんですよね、自分のバイク。でも、あれ、結構高いから、なかなか親が買ってくれなくて……。だから交渉したんですよ、僕。高校を卒業するまで自転車通学するから、その分の定期代が浮いたと思って買ってくれないかって。そうしたら、すんなりOKしてくれて。僕としても、ロードで通学すれば、練習にもなるし、一石二鳥ってやつですね。で、そのバイク、今日、部活が終わったら取りに行くんですよ!」
そう語る嶋根くんの表情は本当に嬉しそうだった。けれども、早苗の心は沈んでいた。
なぜなら、彼が自転車で通学するようになれば、もう同じ空間に身を置くことができなくなってしまうと思ったからだ……。
早苗は考えていた。頑張って3駅分歩けば、毎日嶋根くんと同じ電車に乗れると。でも、毎日同じ車両で顔を合わせるのはきっと、彼にしてみれば鬱陶しいだろう。だから早苗は、もう30分ほど早く起きて、4駅分歩き、隣の車両にさりげなく乗り込んで、こっそり彼の姿を拝ませてもらおうと考えていたのだ。
毎日、彼の顔を見ることができるとなれば、それだけでダイエットのモチベーションアップにつながると期待してしまっただけに、早苗のショックは大きかった。
けれども、そんなことでへこたれていてはダメなのだ。他力本願ではダイエットなど続かない。意思を強くもたなければ。早苗は自分を鼓舞し、彼にサヨナラを告げたのだった……。
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