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中学1年のときからずっと憧れていた譲原くんに、こんな残酷な言葉をそっと耳打ちされたのは、中学の卒業式の日のことだった。
バレンタインデーの前日に、チョコレートと一緒に買ったレターセット。早苗は中学最後のこの日に渡すつもりで、何日もかけて文章を考えていた。
ピンク色の便箋に書いては書き直し、書いては書き直しを繰り返し、やっと前夜にできあがった告白の手紙。そろいの封筒に入れたその手紙を携え、あの日早苗は、ドキドキしながら校門から少し離れたところにある、桜の木の下で彼を待っていた。
譲原くんはイケメンだ。勉強もよくでたし、スポーツも万能。陽気な性格で、ジョークもうまい。いわゆるクラスのムードメーカー的な存在だったから、女子だけではなく男子からも人気があった。サッカー部の先輩や後輩からも慕われ、学校行事の際には先生も彼に重要な役割を任せていた。
ピロティで譲原くんが足止めを喰らっているのは、別れを惜しむ女子たちの群れに囲われているせいだ。彼と仲のいい男子生徒たちは雑談しながらも、遠巻きにその様子を眺めて、彼が開放されるのを待っているようだった。
早苗はさらにその様子を、つぼみが膨らみ始めた桜の木の下で眺めていた――というよりもむしろ、卒業生だけではなく、その保護者や先生や後輩たちがごった返すなかで、譲原くんを見逃すまいとして、身構えていたというほうが適切かもしれない。
30分近くたった頃、やっと人の波が引いて、譲原くんを取り巻いていた女子たちも徐々に散らばっていった。男子生徒たちは待ちくたびれたのか、校庭に出て転がっていたサッカーボールを蹴って戯れていた。
最後残っていた女子ふたりが譲原くんのそばを離れたとき、早苗は今がチャンスだと思った。彼は仲のいい男子生徒たちの姿を探しているらしく、きょろきょろとあたりを見渡している。早苗はここ一番の走りを見せて、彼の元へと急いだ。腹と太腿が、いつにも増してぷるんぷるん波打っているのが自分でもわかったが、早苗の足はそれを無視して、前へ前へと動き続けていた。
校庭で戯れる男子たちを見つけたらしい譲原くんが、2、3歩足を進めたとき、ようやく早苗は彼の目の前に立つことができた。ハアハアする息を無理矢理封じ込め、そして、精一杯の勇気を振り絞って封筒を差し出した。
譲原くんは一瞬、戸惑ったような表情を見せ、差し出した封筒を前に立ち止まっていたが、早苗は少し息が落ち着いてきたところで、いよいよ切り出した――
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