贈る言葉~贋紳士に幸あれ~

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 痩せていようがデブだろうが、元々この手からすり抜けてしまうくらいの、小さな男だったのだと、あのときの早苗はそう心に言い聞かせるより自分をなだめる方法を見つけることができなかった……。  苦々しく重々しい経験を経て高校に進学した早苗。それからの日々は、片道30分の道のりを、休み休みではあるが、一応「走って」通学していた。ユズリハラにあんな言葉を吐かれて、悔しかったというのもあるが、進学先のスクールカーストが想像よりも厳しかったせいもある。  食事制限はさて置き、元々――太り出す前から、運動が苦手であった早苗にとって、片道30分の距離を「走る」ことはかなりしんどいものだった。結局、走って通学することを諦めてしまった早苗は、夏休みが明けた9月の半ばには自転車通学に切り替えてしまった。  そんな早苗だが、食事には気を使っていた。食べ過ぎないように気をつけていたし、大好きなスナック菓子も我慢していた。けれども、あるとき急に、その反動が襲ってくるのだ。  3ヶ月に1度ぐらいの頻度でドカ食いをしてしまい、結果、リバウンドの繰り返しで、気づけば、高校を卒業する頃には中学の卒業式のときよりも、8キロ近く体重が増えていた。  結局、高校時代も中学と同じく、いじられてもへこたれない「陽気なデブキャラ」を貫くより自分の居場所がなかった。不本意ながら進学した高校ということもあり、勉強にも身が入らなかったから、2年生になった頃既に、大学への進学も諦めていた。そうして選んだ進学先が、製菓の専門学校だった。  とはいっても、早苗は特別お菓子作りに興味があったわけではなかった。食べるのは好きだが、作るほうには全くもって興味がなかったから、早苗の志望動機はまことに不純なもので、製菓学校に通っているがために、おデブちゃんから抜け出せないのね――と、暗に周囲にアピールしたかった、というよりも、大義名分を得るための手段にしたかっただけなのだ。  
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