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専門学校に通い始めておよそ1ヶ月半が過ぎようという頃の出来事だった。あの日はひどい大雨が降っていて、電車の床もかなり湿り気を帯びていた。
幸いなことに、早苗が通う専門学校に向かう電車は、東京方面とは逆だったので、通勤ラッシュといわれる時間帯であっても、いつも人はまばらで、たいていは座ることができた。けれどもその日は、大雨の影響でダイヤの乱れがあったためか、立っている人もちらほらと見受けられた。
まもなく目的の駅に到着するという車内アナウンスが流れた。早苗はいつものように、「よっこいしょ」と心の声を発して、座席から重い腰をあげた。ドアのほうに向かってどしんどしんと歩いて行くと、窓の外を見つめる学ラン姿の男子がすらっと立っていた。
ドアの横にある手摺をつかむ手がとてもきれいだった。早苗は、中学3年生ぐらいに見えるその子の横顔をちらっと見あげながら、若いっていいな、細いっていいな、イケメンっていいな、と思うのと同時に、あの贋紳士、ユズリハラに耳打ちされた毒々しい言葉が頭の中に甦った。
いかにも優しくて素直そうに見える学ラン姿の美形男子。でも、この子も紳士の仮面をかぶっているだけなのかもしれず、一皮むけば、ユズリハラのように陰でこっそり毒を吐くタイプなのかもしれないと思うと、早苗の足は反射的に一歩横に動いていた。
学ランの男子から距離をとった早苗は、反対側の手摺につかまって、扉が開くのを待っていると、ブレーキの音が響いて、電車が止まった。プシューという音とともに、両開きのドアが開いた。早苗は学ラン男子から逃げるように、真っ先に足を一歩踏み出した。
が……なぜだろう――
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