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第六章「過去と未来」
─もう二日になるだろうか。
フィリップはずっと船の寝室に篭ったままだ。
「…そろそろ天の恵みの時間よ?気持ちはわかるけれど、浴びないと身体に障るわ…。」
扉越しに声をかけてみたが、やはり返事はない。
「エイル、私達はどうしたらいいのかしら…。」
「幼馴染、ひいては家族同然だったヴェインを目の前で殺されたのだ。ショックを受けるのも無理はない。」
「…。」
私には返す言葉もなかった。
あの時、私とエイルがもっとしっかり戦えていれば、ヴェインは死なずに済んだのかもしれない。
そんな事を考えていると私まで落ち込んでしまう。
と、その時、寝室の扉が開いた。
「フィリップ…!」
「やっと起きてきたか。天の恵みを受けねば、君も死んでしまうぞ。」
「…わかってるよ。そんな事くらい。」
「フィリップ…?」
フィリップの顔には、まるで生気がなかった。
「僕は守る力が欲しいと願った。なのに、結局親友の一人すら守ることができなかった…。」
「だが君は、ブリガンドの皆を守ったのだぞ。」
フィリップは突然、壁を殴りつけた。
「じゃあ僕はどうすればよかったんだ!!僕がこんな力を持ってしまったから、ヴェインは死んでしまった…!」
「だがあそこで彼が出ていかなければ我々も危なかったのだ。仕方ないとしか…。」
「仕方ないで済むかよ!!僕にとって、家族みたいなものだったんだ!それをあいつが…アベルが…!あいつさえいなければ…!」
エイルは、少し険しい顔をしていた。
「憎いか?アベルが。」
「ああ、憎いさ!同じように串刺しにしてやりたい程だ!!」
「力は使う者の意思によってその形を大きく変えてしまう。君の守る力も、憎しみによって今度は誰かを傷つける力になってしまうのだ。」
「アベルを許せっていうのかよ!そんなの無理だ!!」
「そうではない。私もやつを許すことはできない。しかし、力を持つ者として力は正しく使われなければならない。今の君では歪んだ力しか使えないだろう。」
「僕が…歪んでる…?」
「ただでさえ君は新たな、我々の知識を超えた力を覚醒させている。言うなれば、得体の知れない力の持ち主であるという事だ。そんな君を放っておくことは出来ない。」
「…。」
「前を向き、正しく力を使う覚悟はあるか?それは、ヴェインにとっても望んでいたことだろう。違うかな?」
「僕は…。」
フィリップは少し立ち止まって、答えた。
「僕はわからない。わからなくなったんだ。守る力をどう使っていけばいいのか。ヴェインならなんて言うかな…僕よりずっと前向きだったから…。」
私はとうとう堪らなくなってしまった。
「あんたねぇ、いつまでもヴェインヴェインって、過去ばかり見ててもしょうがないでしょう!」
「ティアラ…。」
「私達の目的は何?アベルを止めて、これ以上犠牲者を出さないことでしょう!それにね、彼はブリガンドで天の恵みの前に言っていた。力のない自分でもフィリップの役に立ちたいって。その意志を無駄にしてもいいって言うの?」
「ヴェインが、そんな事を…。」
「彼を想うなら、尚更前を向いて進まなきゃいけないんじゃないの?」
「…わかったよ。僕は、前を向いて進む。それがヴェインの意志ならば尚更だ。」
「さて、天の恵みの時間だ。君は2日も浴びていないからな。広場へ向かおう。」
「そうしよう。ありがとう、エイルさん、ティアラ。」
「一つ貸しにしとくからね。」
僕達は天の恵みを受けに広場へ向かった。
2日ぶりの天の恵みは身体に染み渡る。
終わると、エイルが僕達を集めた。
「どうやら、アベルの居場所らしきポイントが判明したようだ。」
「本当に?」
「ああ。旧市街で放棄されたアイオーンを調べたところ、自律的に戻るポイントがあったのだ。」
「その場所はどこに?」
「ここから少し進んだ場所にあるバベルの塔だ。君も遠くから見たことはあるだろう。」
「うん。古代に作られた塔だって聞かされてた。そこにアベルが?」
「多分な。行ってみる価値はありそうだが、どうする?お前達も来てくれるか?」
「当たり前だよ。アベルを何としても止めなくちゃ。それに、聞かなきゃいけないこともある。」
「フィリップが行くなら私も行くわ。そういう使命でここにいるんだもの。それに、フィリップだけじゃ心配だしね。」
「なんか、ヴェインみたいな言い回しだね。」
「た、たまたまよ!さ、場所がわかったなら行きましょう!」
「バベルの塔までは陸路になるが、ここから塔までの間に光雲が点在しているようだ。その下を通って向かうとしよう。」
「わかった。それじゃあ出発しよう!」
僕達は再び、前へと歩き出した。
そびえ立つバベルの塔へ向かって…。
道中、砂漠の真ん中にオアシスを見つけて僕達は休息をとる事にした。
「ねぇ、アベルとフィリップが対峙した時のあの力…あれは何なのかしら。」
「そうだな、あの力は強大だ。できる限り知っておく必要があるだろう。フィリップ、心当たりはないのか?」
「夢の中で、声が聞こえたんだ。」
「声?」
「守る力が欲しいかって。僕はそれに頷いた。」
「そして、ヴェインを守りたい一心で覚醒したという訳か。」
「剣のようなものが新たに出現していたわよね。ねぇエイル、そんな事が可能なの?一人がいくつもの力を持てるなんて聞いたことがないわ。」
「私にもわからんな。元々力の同調は一人に一つだけなのだ。だが、フィリップは『守護』の力に加えて『剣』の力も得ている。」
「アベルは、この力を『第二の剣』って呼んでた。そして僕のことを『人類の救世主』とも。」
「君は私達と違って、少し特殊なのかもしれん。推測だが、もしかするとその盾と剣は二つで一つなのかもしれんしな。」
「アベルなら何か知ってそうな気がするんだ。だから、僕はアベルを止めて、そして話を聞かなきゃいけない。」
「バベルの塔まではもう少しだ。今夜はここで休んで、明日向かうとしよう。丁度この上にも光雲があるしな。」
「私も疲れたわ。砂漠を歩くのって慣れてないもの。」
「そうだね。今日はゆっくり休もう。」
僕達は、天の恵みを受けてからオアシスで休んだ。
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