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第一章「目覚め」
浅い眠りの中で、僕は意識を次第に取り戻してきた。
─ここは…?
まだ視界が霞んでいるし、記憶も曖昧だ。
紫色の空に、キラキラと光を帯びた雲が広がっている。
─そうか、もう『天の恵み』の時間か。
重い身体を起こすと、次第に意識がはっきりとしてきた。
どうやらいつもの場所、採掘場の傍にある木陰で眠り込んでしまったらしい。
─もう皆帰っちゃったのか。僕も急いで街に戻らないとな。
荷物を手に取ると、遠くに灯りがついている街へ向かって歩き始めた。
街へと向かう間に、どんどん辺りは暗くなってきた。
急がないと『天の恵み』に間に合わなくなってしまう。
少し駆け足で街の正門に駆け寄ると、門番が大手を振っている。
「やっと来たか!フィリップがラストだぞ!門を閉じるにも閉じられねぇからな!」
僕はありがとうと叫ぶと、そのまま街の中へ入っていった。
僕が住む街、トールの中心部に位置する教会広場には、僕を除いた住人全員が既に集まっていた。
「遅かったじゃねーか。危うく今日の『天の恵み』が受けられないところだったな。」
話しかけてきたのは幼馴染のヴェインだ。
「ひどいよ!誰も起こしてくれなかったじゃないか。ヴェインこそ普段は『天の恵み』をサボりがちで体調崩してるくせに!」
「アハハ!確かにそうかもな!それにしてもフィリップは真面目だよな。疲れて眠り込んじまうまで採掘してるなんてよ。」
そう、ヴェインも僕も採掘を生業とするマイナーだ。
「丁度今掘ってる50センチ下あたりに強い反応があったでしょ?あれを確かめたくてさ。」
「あの地層は硬ぇから時間掛かりそうだよなー。しかし、今度は何が出てくるのか楽しみだよな。」
「うん。もしかしたらジェネレーターかもしれないしね。街のエネルギー不足も少しは楽になるかもしれない。」
僕達が話をしている間に、祭壇に祭司が登壇していた。
「集いし人の子らよ。我らが天に祈りを捧げ、今日という日を生きられた事に感謝し、明日という日を迎えようぞ。さすれば我らの祈りに応え、天が恵みを下さるだろう。」
堅苦しい演説が終わると、この場にいる全員が跪き、胸に手を当て、目を瞑る。
「これ、正直だりぃんだよな。」
「ヴェイン、静かにしないと。」
少しの間を置いて、ひんやりとした空気が辺りを包み込む。
空に浮かんでいた光を帯びた雲が、ゆっくりと降りてきて街全体を覆っていく。
ゆっくりと深呼吸をして、光の粒子を吸い込んでいく。
息をする度に疲れた身体が癒されるのがわかる。
癒されるだけではない。僕達ヒトは、この光の粒子『天の恵み』を定期的に摂取しなければ生きていけない。
僕達の住むこの星には、無数の光雲が存在していて、基本的に光雲の下でしか生きることが出来ない。
三日も天の恵みから離れてしまえば、たちまち欠乏症になり死に絶えてしまう。
何故かはわからないが、そういう仕組みらしい。
その為、街と街を行き来することは難しく、自給自足の生活を余儀なくされている。
僕達マイナーが採掘する『ジェネレーター』と呼ばれる古代の装置によってエネルギーを生産しているが、その数もどんどん減少している。
その為、日々マイナー達は奮闘しているというわけだ。
「フィリップ、終わったぜ。」
少しぼうっとしている間に光雲は遥か上空へと戻っていた。
「あ、ごめん。ありがとう。」
「さーて、今日もオレたち頑張ったんだし、ご褒美と行こうや!」
「また酒かい?なんか、ヴェインって毎日飲んでる気がするけど。」
「そう言うなって。フィリップ、最近付き合いわりーから今日は強制参加な!」
「えぇー…」
この晩、ヴェインに付き合っていた僕は、ここから先の記憶がなくなってしまった。
翌朝、軽い頭痛を伴いながら少し遅れて採掘場へと向かうと何やら騒がしい様子だった。
「何があったの?」
僕の問いかけに誰も答えることができなかった。
何故なら、見たこともない物体がそこにあったからだ。
長方形で半透明、細かい模様が刻まれていて、恐らく古代の物なのだろう。
しかし、一体これが何なのか誰にもわからなかった。
「昨日フィリップが言ってた、50センチ下を掘ってみたんだ。そしたらこいつが。」
先に着いていたヴェインが説明してくれた。
確かに強い反応があった。しかしこれはどう見てもジェネレーターではない。
「少し調べてみてもいいかな。」
僕はそう言うと、半透明の物体に手を伸ばした。
物体に触れた瞬間だった。
一瞬にして頭に流れ込んでくる大量のイメージ。
暗闇に広がる無数の光。
そして何処からか問いかける声が聞こえる。
「我が子達よ、目覚めの時は近い。」
─誰だ?
「フィリップ、お前が切り開いて見せろ。」
─なんで僕の名前を?
「我らがなし得なかった、神への道標となるのだ。その力を今お前に…」
声は僕の問いかけには答えず、遠ざかっていった。
「おい、フィリップ!」
はっとして目を開けると、ヴェイン達が僕を取り囲んでいた。
「僕は一体…」
「お前、アレに触ってからうんともすんとも言わなくなっちまってよ。心配したぜ。」
─そうか、さっきの声は皆には聞こえなかったのか。
「…そういえば、さっきの物体はどこに?」
その場の全員が不気味そうな顔をしていた。
「それがよ…お前が触れたあと、すんげぇ光ったと思ったら消えちまったんだよ…」
「消えた…?」
確かに、さっきあった場所から跡形もなく消えていた。
「聞こえたんだ、声が。」
「声?オレたちには何も聞こえなかったぜ。」
その時だった。
「力をくれてやるってか?どうだ、図星だろう?」
背後から見知らぬ人が僕を睨みつけていた。
黒い鎧を身を纏った、白い髪の男。
底知れぬ恐怖、怒りが伝わってきた。
それに僕が聞いた話を知っている。
「お前は誰だ!」
「さぁなぁ、誰でもいいんじゃねぇか?お前はここでくたばるんだからなぁ!」
そう言い放つと、そいつは得体の知れない剣で僕目がけて襲いかかってきた。
僕は咄嗟に身構え、目を瞑ってしまった。
…が、何も起こらない。
ゆっくりと目を開けると、そこには一枚の盾が浮かんで僕を守っていた。
「ちぃっ、遅かったか!」
そいつは身を引くと、剣を構えたまま語り始めた。
「お前がこの世界を、人類を救うってか?笑っちまうなぁ!」
「どういう意味だ!」
「何もわからないまま終わらせてやるつもりだったがな。お前はさっきのブツに触れた時から人類の救世主様になっちまったのさ!俺はその反対、さしずめ人類の敵ってところだな。まぁいい、次に会う時には必ずお前と『守護の力』を消し去ってやる。」
そう言い残すとそいつは足早に去っていった。
「フィリップ!大丈夫か!?」
ヴェインが駆け寄ってくると同時に、盾が姿を消した。
「うん、僕は大丈夫。」
「今のやつはなんだったんだ?それにさっきの盾は…」
「僕にもさっぱりだ。だけど、あの物体に触れた時、確かに声を聞いたんだ。」
─神への道標、声はそう言っていた。
「さっきのやつは、僕が人類の救世主だって言ってた。僕にもわからないけど、何かしなきゃいけない気がするんだ。」
腕を組んで考え込んでいたヴェインが何か思いついたようだった。
「そうだ!王都にいけば古い文献も沢山ある!そこで何かわかるかもしれねーな!」
「そうだね、さっきの物体も盾もきっと古代文明の何かだろうし、調べてみる価値はありそうだね。」
「よし、そうと決まればオレも行くぜ!」
「ヴェインも?巻き込む訳にはいかないよ!」
ヴェインはいつもの笑顔で僕の肩を叩いた。
「今更水臭いじゃねーか。それに、フィリップ一人じゃ心配だからな!」
「そっか…じゃあ、無理はしないってことで、いいね?」
「あいよっ!任せときな!」
「天の恵みの前に王都に着かないとまずいよね。準備したらすぐに出発しよう!」
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