Day 3

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Day 3

「『ミドリは音を立てないように後ずさり、廊下を走って逃げた。今の話が』……おい、漢字に変換してるぞ。この世界にいる間、ミドリはカタカナだ! ちゃんと確認しろこの役立たず!」  江坂先生に罵倒され、俺は慌てて主人公の名前を打ち直した。 「『今の話が本当なら、みんなが言っていることとはあべこべだ。』……いや、あべこべは今の子どもに分かりにくいな。矛盾している、いや、正反対、の方がいいか……」  先生が束の間の黙考タイムに入ったので、俺はキーボードから手を離し、PCの前で伸びをした。続けてあくびが出る。寝不足の目に滲んだ涙を袖で拭くと、デジタル時計は午前4時20分を表示していた。  夜中に叩き起こされて2時間。  江坂先生の担当は、体力勝負だ。  突然の異動から3日。江坂先生との仕事に、俺は強いストレスを感じていた。  専属担当と言っても、俺の仕事はひたすら先生の原稿のインプット、つまり口述筆記だ。幽体の先生はキーボードに触れない。そこで俺が代役を務めることになるのだが、これが結構な負荷だ。  何しろ先生が閃きを得るのは昼夜を問わず、俺は食事中だろうと睡眠中だろうと先生に言われるがままPCの前に直行しなければならない。さすがにトイレや風呂にまでは入って来ないが、長居をすると怒声で呼び出される。  先週まで、俺は週刊誌のライターだった。昼夜逆転、三徹上等。もとから不規則な生活には慣れている。そんな俺でも、四六時中他人に干渉されるのは予想以上のストレスだ。  こんな暮らしを2年も続けたら、体を壊すのも無理はない。俺は千里の入院着姿を想像し、明日は我が身とため息をついた。
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