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Day 7
「先生、ご家族はいらっしゃらないんですか?」
俺は思い切って聞いてみた。編集長に進捗の報告を送り、ふと疑問に思ったのだ。先生がこの姿で何年も執筆しているなんて、個人的に連絡してくる人はいないのだろうかと。
「家族がいりゃあ、死んで5年も気づかれないなんてことにはならねぇだろ」
特に気に障った様子もなく、先生はさらりと答えた。
死んで。
そうハッキリ聞かされ、やはりと思いながらも気が重くなる。先生は暗い雰囲気を拭うように言葉を重ねた。
「別に俺は孤児とかそんなんじゃねえぞ?両親と兄貴はもう死んで、嫁とは絶縁、ガキはできなかった、そんだけだ」
「そうですか……」
生きていれば、先生は還暦間近だ。30年後、俺が同じ境遇になっていないとも限らないか。そう考えていると、先生は独り言みたいに呟いた。
「便利な世の中になったもんだよな。体がなくても小説は書ける。税金やなんかの手続きもネットで全部できるし、誰にも会わなくたって、たまにSNSで挨拶すりゃ俺は生きてるってことになるんだ。実際、体があってもそういう生き方してる奴はごまんといる。そう考えると『生きてる』って、何なんだろうなぁ」
「先生の受賞作『みをサメ』のテーマですね」
「……読んだのか?」
「言う暇もなかったですけど、ファンですから」
昔から活字が好きだった。就職先に光栄社を選んだのは、感銘を受けた江坂先生の著作の発行元だからだ。
「俺、先生の作品では『勝者の自画像』が一番好きです。感動しました。あの作品を読んで、いつか先生の担当をさせてもらうのが夢だったんです」
「ありゃあ、売れなかったなぁ」
「大衆に受けるには、テーマが難しかったかもしれません。でも、たとえ売れなくても……素晴らしい小説でした。ああいう作品は、もう書かれないんですか?」
「勝者の自画像」は、世界の歴史が戦勝国に都合よく改ざんされたものだと気づいた主人公が、日本の歴史教科書を真実に基づいた内容にするべく奮闘する物語だった。ジャーナリスト時代の経験に裏打ちされた、ハードボイルドの傑作だ。
「お前それでも編集者か。売れねぇ本にいい本なんかねぇよ。読まれない話は存在しないのと同じだ。話が最高でも、本としては最低だ」
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