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「数が少なくても、読んだ人には届いています! 俺は先生の才能に震えました!」
今回の新作も面白い。子ども向けのファンタジーにしては奥行きがあるし、緩急のある展開は読みやすく飽きさせない。でも、なぜ今さらこんなベタな冒険譚を書き始めたのかと、正直俺はずっと疑問に感じていた。
「異世界モノは人気ですし、売れるとは思います。でも、先生の才能を発揮するには、なんと言うかもっと、メッセージ性の高い小説を書かないともったいないと思うんです」
俺が担当になる前にGOの出ているプロットだ。今さらとやかく言っても仕方ない。それが分かっていながら、俺は感情を吐露した。
正直に言えば、せっかく先生の担当になったのだから、もっと重厚な作品のお手伝いをしたい。
先生は黙って俯いた。気分を害したのだろうかと心配になった頃、正面から俺に向き合った顔は、真剣そのものだった。
「これが完結してもお前にその意味が分からないようなら、お前が褒ちぎった俺の才能とやらも、その程度だったってことなんだろうな」
意味深な言葉が、胸に響く。そこに先生の並々ならぬ想いが垣間見えたような気がして、俺は不満の口を閉じた。
「時間が惜しいから詳しくは話さねえが、これは俺の最後の小説になると思う」
「え……っ?」
「ずいぶん書いたよな、今まで。だから思い残すことなんか無ぇと思ってた。でもいざこれが最後だってなったら、俺が書いてきたのって……何かの役に立ったのかなって思えてきてさ」
先生は視線を窓に向けた。夜のガラスに映った室内に、彼の姿はない。
「ジャーナリストの頃からモヤってたことがあってな。この姿になってから、いろんなとこに潜り込んで探ってきたんだ。そんで俺なりに見えてきたもんがある。それをみんなに伝えてぇけど、真正面から書けば潰されるし、クソ真面目な本は売れねぇ。いろいろ考えて、結局俺にできることなんか、簡単で読みやすい話にぼかして混ぜとくことぐらいなんだよな」
「それが……今作ですか?」
侮蔑とも取れる返事をしてしまった。ハッとした俺に、先生は傷ついたような顔で微笑んだ。
「ま、最後までつきあってくれや」
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