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Day 15
執筆は順調に進んだ。約2週間、俺はプライベートなどない生活を先生と共にし、1日のほとんどをPCの前で過ごした。
先生の紡ぐ言葉は怒涛の勢いで溢れ、ひたすらインプットした後に数万字をまるまる書き直すようなこともザラにあり、行きつ戻りつして、初稿は30万字で完結した。
肉体的な疲労を感じないはずの先生にもどことなく疲れが見えたが、書き切った満足感にオーラが輝いている。
「終わったな……」
「はい。お疲れ様でした」
「疲れてんのはお前だろ。とりあえずそれ編集長に送って、ゆっくり休め」
「そうします」
俺はファイルを保存し、ドライブを編集長と共有した。まだ直しは入るだろうが、稿を脱した清々しい達成感に胸が震える。
ホッとしたせいか、蓄積された睡魔がひたひたと忍び寄ってきた。眠りに落ちる前に、どうしても確認しておきたいことがある。
「江坂先生……大国を牛耳るヨヂュ人たちが、世界人口半減に向けて動き始めたってのは……現実の話ですか?」
そう聞くと、先生は作中のカワウソの台詞をそのまま引用した。
「『あいつらは実のところ、自分達以外の民族なんかどうなっても構わないんだ。それが1億でも、10億でも』」
「この、彼らの言いなりになってる東の小国っていうのは、まるでーー 」
「『自分の頭で考えろ』」
先生は俺の言葉をピシャリと遮ると、少し照れたように微笑んだ。
「書いてよかったよ。お前みたいな若い奴がちょっとでも考えるきっかけになってくれればと思ってたんだ」
睡魔が見せた幻覚かと思った。輝くオーラにのまれるように、先生の輪郭が薄くなる。口を開こうとすると手のひらで制され、その手はすぐに見えなくなった。
「責了で頼む。こき使って悪かったな」
その言葉を残し、江坂先生は霧のように姿を消した。その後、どんなに目を凝らしても呼びかけても、俺が先生の姿を見ることは、二度となかった。
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