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来訪者
平安時代中期。越中国。
雨の降りしきる街道を、一人の男が歩いていた。
ぜえぜえと肩で呼吸をしながら、長い杖をつき、やっとのことで歩みを進めている。
「……水杷(みずは)村…千、や……」
うわごとのようにそう唱えながら、男はよろよろと進み、そしてとうとう、ぬかるんだ泥の中にドサリと倒れ込んでしまった。
しかし、幸いなことに男が力尽きたその場所は、村の入り口にある民家のそばだった。
「あんれま、人が倒れておる」
ちょうど用事があって菅笠を頭にかぶり外へ出ようとした家の主人が、倒れている男を見つける。
「おい、かかあ、旅のもんが倒れておる」
「へえ………あっ、こりゃあ大変だ。村長さん呼んでくるべか?」
ぼろぼろではあったが、倒れている男の身なりはかなり良いものだった。どこかの貴族か役人、といったところだろう。この辺りでは見かけない服装だ。京の都のお役人だろうか。
「村長さんの前に、『千屋』さんに頼むべ」
「んだな、おっとう、『千屋』さんまでこの人運ぶべか?」
「いや、おらだけじゃ運べん。ひとまず家ん中さ入れっから、おめえはとにかく『千屋』さん行って知らせてこうよ」
降りしきる雨の中、家の主人は倒れた男を抱え、妻は村の中心部へと走っていったのだった。
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