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4 いいわけ
伯爵である父の帰宅に、マリーは館のエントランスまで急いだ。
「お父様、お帰りなさいませ」とマリーが出迎えると、伯爵は一人娘を愛おしく抱きしめて喜んだ。
「長い間留守にしたな。マリーも見ない間に美しい娘になった」
何度も繰り返される父親の溺愛にマリーは苦笑する。とてもそんな風に自分を思えず、父の抱擁に顔を隠した。
マリーは自室に戻り、夕刻までの時間を持て余していた。自分には挨拶すらしないマルクスとの時間が早々に切り上げられている。
——マルクスは今、どうしているのかしら。
「よれたシャツに絵具までついて、まさかあの格好で晩餐に現れるなんて無いわよね? でも、マルクスならあり得るわ」
「私はあの無造作な格好がとても好き」
「乱雑に結んだ髪も好き」
「ふふっ。私のこと何とも思ってないだけなのにね」
窓の外は、ティータイムを過ぎたぐらい。まだ昼間ほど明るいが、やや西に傾きかけている。ふと、マルクスがアトリエを兼ねた部屋に行ってみたくなった。
マリーは独り言を続ける。
「言い訳を考えるわ……」
「この館の伯爵との晩餐に出るのですから、身嗜みを整えなさい……と、言うの」
「そして、伝える。……私も伯爵家の娘なのですから、私の前でも弁えなさい。今までの無礼は不問にしてあげるわ。でも、これからは話しかけられたら返事をしなさい」
「その無作法な格好は、私だけの時は許してあげる」
「……待ってあげるから早く支度をしなさい」
「よし、完璧ね」
マリーは部屋を出て、人気の無い廊下を館の北側に向かった。
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