10人が本棚に入れています
本棚に追加
6 透明な私
「マリー、なぜそこにいる! 」
マルクスの強く責める声を聞いてマリーは動揺し、「ごめんなさい」と床に散らばる素描の紙を拾い集めようと屈んだ。
「あら、これ……私? 」
マリーは散らばった自分の姿が描かれた絵を見て驚いた。マルクスの前で笑顔を見せた事があっただろうか。いつ見ていたのか空想なのか、不思議に思うほどマリーの表情が生き生きと描かれているものもあれば、取った覚えの無いポーズのものもある。一枚の肖像画を描くためにこれだけのスケッチが必要なのかとと、マリーは感心した。
「私ってこんな風に見えるの……」マルクスの剣幕を忘れて、素描の自分を手に取って眺めた。
「勝手に見るな! 」マルクスは強い口調でマリーを制した。マリーの手から素描を取り上げて、床に散らばる紙を乱暴に掻き集めた。
「私、裸になんてなってないんだけど……」
「……絵を描くのには人体からだ」
「でもそんなポーズは……」
「それ以上言うな! マリー! 」
焦り苛立つマルクスの顔は、頬を赤らめて少年の様な顔になっている。マリーは、憤然の体を保てないマルクスに思わず笑みをこぼした。
「マルクスったら、あんなしかめっ面しながらこんなのを描いてたの? ふふふっ、おかしいわ!! 」
「ばか! こんなところで大きな声を出して笑うな! 誰かに聞かれたらどうするんだ」
マルクスの言葉にマリーは浅はかさを叱責され、ショックを受けた。一瞬でも二人の間に近蜜な距離を感じたことすら罪悪感を味わう。
「そうだったわ……ごめんなさい。マルクス……だから、私のことを嫌いなのよね」
泥棒の様に部屋に忍び込んだ自分の行いを恥いて泣きそうになる。マリーは詫びる気持ちでマルクスの顔を見上げた。
怒っている顔をしていると覚悟したマルクスの表情は、自分よりも傷ついているように見えたかと思うと、マリーの両頬にマルクスの手が当てられた。
突然大きな手に顔を包まれて、マリーは驚く。
「マルクス? 」
マルクスは返事をしない。マルクスは、マリーの唇を覆うようにキスを重ね、両手がマリーの頬から背中と襟足に移ると強くマリーを抱きしめた。
——何が起きているの?
マリーを求めるようなキスに、マリーは身体中が痺れてうっとりとする。初めてのキスが、こんなに甘美なものだとは想像もしていなかった。
——マルクスはあんな風に私を描いて、私のことが好きだったの?
——もし、そうなら嬉しい。
マリーはキスに応えるつもりでマルクスの背中に手を回すと、マルクスは突然マリーを自分から弾くように離した。
「ここには、もう来るな」
「えっ? マルクス? 」
突然の拒絶を受けてマリーは背を押されて部屋から追い出された。
「ねぇ! マルクス! どうしてなの? 」
ドアに縋ってマルクスに質問の答えを懇願するも、ドアは内側から鍵をかけられて物音一つしない。
マリーは絶望感に苛まれて部屋に戻ると泣くことしか出来ずに夕刻を迎えた。
最初のコメントを投稿しよう!