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1 薄明かりのサロン
ここはグラジッド家のサロン。
外は新緑の鮮やかな陽気に包まれているというのに、そのサロンはカーテンが閉め切られ薄暗い。広いサロンには、たった二人の男女が距離を置いて座っている。
男はカーテンを背によれたシャツのボタンを二つ三つ外し腕をまくり、イーゼルに画板を立て絵を描いている。女は、男よりも若く長椅子でポーズを取らされていた。
「はぁ……」と、小さく吐息を吐いて伯爵令嬢のマリーは目の前の若い男に声を掛ける。
「ねぇ、マルクス。少し休憩をとらないかしら。お茶にしない? 」
その言葉にマルクスは反応せず、気難しい顔をしてスケッチに余念がない。木炭が紙を擦る音が、マリーの言葉を遮っているかのようだった。
——聞こえていないと信じたいけど、無視なのよね。
マリーは年頃になり肖像画を用意している。気が進まず社交界デビューが遅れ、見合い用の肖像画だった。
父親である伯爵が依頼したマルクスという画家は美人画を得意としているが、頼まれて描く事を滅法嫌った。それを伯爵が強引に依頼した為、マルクスはマリーに酷く無愛想だった。
——口も聞いてくれないし、目を合わせようともしてくれない。外はとても天気が良いのにカーテンを閉め切って、私を描くのがそんなにつまらないのかしら。
——と、言っても手は動いているのよね。素描ばかりで、ちっともキャンバスに描き始めない。そして、見せてくれない……描いているのが私ですらないんじゃないのかしら……。
令嬢であるマリーに不遜な態度で素描ばかりを続けるマルクスを想うと、マリーの胸はチクチクと痛かなるのだった。
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