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移植外科医 斉藤仁
頭の中で先週ホテルであった移植外科創立20周年パーティのことが鮮明に思い出されている。ドイツで移植を学んで帰国後にわずか3人のスタッフで始めた移植外科、20年の歳月を通して今や年間200例の各種移植を行う科に発展した。
“20年の間我が国における移植医療の根幹を築き上げることに日夜邁進されてこられた斎藤教授に感謝の意を表したいと思います”
外科学会会長の言葉が胸に繰り返される。確かに俺はこの20年間本当にいちずにそして真摯に努力をしてきた、それはだれにも負けない。
その結果いま移植は学会会員数2000人を超える外科の1大分野にまで成長した。
移植はすべての外科的医療の中で特別ではない通常の選択肢の一つになったのだ。
万感の思いでその言葉を聞いていた自分をしっかり思い出していた。
来任は退官、これからはもう少しゆっくりしたいとつくづく思う。
それにつけても可哀そうなことをしたのが妻の由美子だ。俺は仕事ばかりでほとんど家のことは何にも出来なかった。ほとんど一緒に出掛けたこともなかった。それでも何一つ不満を言わずについてきてくれたのだが、最後はあっという間だった。
急性白血病、それこそ骨髄移植にもならないうちにあっという間に逝ってしまった。
あれはまずかった。もう少し前にだるいと言っていたのだからそこで気がついて上げられれば違っていたのだろうに。
仕事第一というよりは仕事が自分そのものだったから由美子はきっとそんな自分をあきらめていたのだろう。
死ぬ前にあなたと一度でいいから温泉に行ってみたかったといわれた言葉が忘れられない。
もう俺は仕事はした。これからは家族第一だ。仕事のことは仕事の上での関係だ。それはそれまで。
今俺に残されているのは倫子だけだよ。俺が見ていたいのは倫子だけだ。
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