2580人が本棚に入れています
本棚に追加
@ 大地
最大斜度45度。
滑り出しの急斜面がクセモノだけど、粉雪を飛ばしながら一気に下るこのスピード感がたまらない。
最高のコンディション。
今シーズンの籠りも充実した時間が過ごせそうだ。
「ひゃっほ~い!たまら~ん」
隣で奇声を上げているのは、健ちゃんこと矢野健二郎。地元の先輩であり、親友であり、スノボーの師匠。
もともと身体能力が高いのか、エアーなんて惚れ惚れする高さを見せつけてくる。まぁ…若干アホでお調子者だけど。
「健ちゃ~ん!腹減った。飯行こうよ」
「おっしゃ、大地。じゃあフードコートまで競争しようやっ!おっさき~!」
「あ、ずりぃっ!」
俺は青木大地。
スノボーのキャリアは…忘れた。とにかく上達したくて、毎年健ちゃんと休みを合わせて山に籠る。今回は10日間。
ありがたいことに、俺の勤める企業は有給休暇の完全消費が定められている。だからこの休みを捻出するのは容易いけれど、仕事は多忙を極めている。だけど、そんな疲れも地元・川崎から車を飛ばして関越トンネルを抜けた瞬間、吹っ飛ぶ。
今シーズン成功させたいトリックを、この10日間で必ずものにしてみせる。とにかく俺は、燃えている。雪山最高!
「平日なのに混んでんの~!あ、大地。俺カレーな、大盛りで」
「自分でやれよ〜、ほらほらっ」
俺たちはヒーター前に見つけた空席に腰を下ろして、汗で湿ったグローブを乾かしながら腹を満たした。
「ねぇねぇ」
話しかけられたと思い、声がした方を振り向くと、その声の主は2人組の男達だった。ただ、声を掛けていたのは俺たちではなく、反対側のテーブルで1人休憩していた女に向けてだった。
……ナンパか。
俺の嫌いな人種。いや、別にナンパ自体はいいと思うけど、お前ら雪山に何しにきてんだよと思ってしまうだけ。女にかまってる暇なんてないし、ゲレンデラブなんて俺には必要ない。
「大地、大地。隣のナンパされてるコ、めっちゃベッピンさんやで!」
「…健ちゃん」
「ゲレンデマジックやなくて普通にかわええやん」
カレースプーンをクルクル回しながら、健ちゃんが興奮しながら目を輝かせた。
俺はラーメンをすすりながら横目で確認。
確かに可愛いかも。ニット帽を外して髪の毛が乱れてるうえ、ゴーグルの装着痕が若干残っているにも関わらず、真っ白な肌が整った顔を引き立たせている。
ふ~ん。
ま、俺はナンパ男もナンパされてる女も嫌いだけど。
「さ、健ちゃん。チェックインまであと少し時間あるから行こうよ」
最初のコメントを投稿しよう!