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ナンパとか本当に嫌。
大事な休憩時間とランディング時間と……心に居続けるあの人を想う時間を取られるだけだから。
でも、兄の教えで丁寧に対応するように心掛けている。ソウルのお客様かもしれないし、人との出会いは大切にするようにと言われているから。人脈は宝だからと。
笑顔でさっと会話を切り上げ、残り少ない休憩時間を満喫すべくリフトを乗り継いで今朝と同じように山頂に立った。
……ふふっ。
そういえば、直斗さんとの出会いもナンパだったと思い出して笑いがこみ上げた。巧みな話術で思わず会話に反応してしまったのが始まりだった。
ネックウォーマーで鼻まで隠しているし、その下で思いっきりニヤついていても誰にも気持ち悪がられることはない。
人目を気にしてみたけれど、それ以前に山頂からの上級者コースは難易度が高く、挑戦者は少ない。
麓はワイドバーンだし学生も親子連れも多いから賑わっていたけれど、平日の山頂なんて人がいない。
だから、思い出に浸るにはとてもいい場所。
ゴーグルを外し、ネックウォーマーを首元にずらしながら、リフトからたまに降りてくるカップルとかの邪魔にならないように腰を下ろした。
私が受付を担当するのは16時からだから、その30分前までにソウルに戻れば大丈夫。時間的にこの1本がラストラン。
そろそろ滑る準備と思ったら、ヘルメットをしてリュックを背負った2人組が賑やかにリフトから降りてきた。
あれ…このウェアの2人組…。
格好や装備からして上級者だと思い、どんな滑りをするのか興味が沸いてその姿を眺めていたら、上下微妙にトーンの違う赤いウェアに身を包んだ一人がパッと顔を明るくした。
「あれっ?さっきのかわい子ちゃんやないか!自分さっき下でナンパされてた子やんな?いやいや、奇遇やなー。しっかしナンパのかわし方うまかったでー!」
やっぱり、近くに座っていた2人組。
職業病のようだけど、ウェアや顔を覚えるのは比較的得意。だから、すぐに分かった。
「なぁなぁ地元の子なん?平日って空いててえーよなぁ。ところで名前は?」
呆気に取られるほど話は終わらない。
面白い人。それに、悪い人じゃなさそう。明るい雰囲気に少し心を許した。
「小林です。こんにちは。神奈川から来てます。さっき近くにいた方ですよね?関西からですか?」
「ちょいちょい、苗字って…。めっちゃおもろいやん!小林なにちゃんや?しかも神奈川やて?一緒や~ん!!あ、俺ね健二郎言うねん。で、こいつが大地」
良くしゃべるケンジロウさんとは対照的に、頭を下げただけのダイチという人。
二人とも間違いなくイケメンというカテゴリーに入るタイプだ。
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