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フロントに響いた陽気な声。聞き覚えのあるトーンに、私はすぐに顔をあげた。視線の先にいたのは、想像した通りの人だった。
『健二郎さ…』
「深雪ちゃんやんけー!」
旧友に再会した時のように、顔をくしゃくしゃにして喜びを表現する健二郎さん。
『しばらくいるって言ってましたけど、まさかうちだったなんて…すごい偶然ですね!健二…矢野様ようこそお越しくださいました』
「ちょいちょいちょーい!今更苗字って。健二郎でええねん!」
『しかし、お客様なので…』
「あかん、健二郎や。それか健ちゃんや」
俺は引かないぞというように、フロントのカウンターに肘を置く健二郎さん。せっかくなので、その提案を受けることにした。
『じゃあ、お言葉に甘えて"健ちゃん" で。いらっしゃいませ、健ちゃん』
「ええわ~!!!」
爽やかだけど人懐っこい笑顔で面白い健ちゃんに予約内容を確認してもらっていると、ふと頭をよぎる不安。
待って。健ちゃんが来たってことはもう一人…。
入口のドアに目をやると、大容量のザックを背負った男の人がドアを開けて丁度入ってくるところだった。
目が合うと同時に、
「『……げっ』」
お互い声にならない声をあげた。
“また会えたら奇跡”
こんな奇跡いらなーい!思わず口に出そうになった言葉を飲み込んで、穏やかに接客することに徹底した。だってお客様なんだもん。
「なんや、なんや?お互い "げっ!" っておかしない?!」
『いえ、失礼しました。お連れ様ですね、いらっしゃいませ。お手数ですがお名前など必要事項の入力をお願いいたします』
入力画面に切り替えたタブレットを渡すと、無言で受け取り慣れた手つきで指を動かしていった。
え~っと、名前……。
青木大地。アオキダイチ。
“大地”っぽい顔してるなぁと思わず笑みを浮かべると、それに気がついたのか”あ?" とでも言いたげな顔で睨まれてしまった。眉間にシワを寄せて、せっかくのイケメンが台無し!タイプじゃないけど。
普通を装いながら入力が終わるのを待っていたら、「リゾートバイト?ガチだね~」って含み笑いとともにタブレットを私に手渡した。
『ガチ?』
「出会い」
『……求めてません』
「ふ~ん。ま、どうでもいいわ」
この人……なんかつっかかってくる。嫌な感じ。
『では、健ちゃんと青木様。お部屋にご案内しますね』
「大地でいいから」
なんなのこの人。ツンなの?デレなの?どっちなの?!
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