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これは運命だったのかもしれない、と男は思った。
技に溺れ、道をおろそかにした愚かな剣士が、同じように自惚れて神をおろそかにした領主と祈祷師に出会った。
ただそれだけだったのだ。
”昔はそうではなかった。おまえも。”
と、刀が言った。
いつの間にか忘れていたのだ。
強くなり、名誉を得るうち、いつの間にか、最も大切なことを。
――命を尊ぶことを。
男は思い返した。
娘の命に執着するあの領主を、自分は心のうちで嘲笑っていなかったか。
――俺は、偉そうな顔で、神々との約束という”道理”を説きながら、
同じ人間の命すら尊べなくなっていたのではないのか。
娘を生贄にすることを、当たり前だと思い、
それを憐れみさえしなかったのではないのか。
それは、人の心をなくすことでなかったか。
なのに、常に道を求めているつもりでいた。
――俺は間違えたのか。
それを貴方は教えようとしたのか?
”我が、ではない。道理そのものが。”
刀が男の問いに応えて言った。
道理は常にある。
そして正しいほうへとすべてを導く。
男は、静かに刀を抜いた。
その鈍い煌きは、刀の、あるいは水神の慈悲かもしれぬ。
自分では道を求めていたつもりの、哀れな剣士への慈悲だ。
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