剣士と竜神

10/19
前へ
/19ページ
次へ
 剣士は、妖刀の言い分を聞きたくはなかった。  刀の心などわからぬふりを自らにしてみせ、妖刀から心を逸らした。  そしてまた、死を怖れる自身の心も見たくはなかった。  水神の名と神力をもつ、自らの守り神でもあるはずの刀の言わんとすることを、彼はあえて無視しようとした。  そして、必死に考えた。  馬鹿げた考えだと、半ば思っていながら。  あの領主を、果たしてどう説得できるだろうか。  自分が口達者だなどとは、男は自分でも到底思っていない。  では、このまま姿を消すか?  そしてどうなる。  龍を怖れ、斬首刑を怖れて逃げ出した”無敗の剣士”。  今度は生き恥を晒すだけだ。  ならば。  男は沼のほうへ踵を返そうとして、足に力を込めた。  が、そのまま動けずに迷っていた。
/19ページ

最初のコメントを投稿しよう!

30人が本棚に入れています
本棚に追加