剣士と竜神

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”フフッ” と、刀が笑った気がして、剣士は手を止めた。 『うつけもうつけ。これほどとは』 「なんだ?」 『おまえに死ぬ覚悟などありはしない。  それも自分でわからぬのか?  言ったろう、刀はただの刀だと。  使い手の動かすとおりにしか動かぬもの』  男は黙っていた。  刀がしゃべっているのか?  これまでも、響きによって、刀の、いわば”考え”が伝わってくることはあった。  しかし、こんなにはっきりした声で饒舌にしゃべる妖刀の声を、それまで剣士は聞いたことがない。 『貴様があまりに甘えているからだ。  我の声を聴きすぎると、人としておかしくなるぞ。  わずかの間しかしゃべらぬから、心して肝に銘じ聴くがいい』 『我ならば、楽におまえを殺せると、おまえは思ったろう。  生き恥を晒すよりもそちらが楽だと思ったろう。  それが道を求めるものの態度なのか?  そのまま、何もわからぬまま死に絶えて、  おまえは救われるのか?』  刀の言うとおりかもしれぬ。  男は恥じた。 『少しは思い直したのか?  そのように、(おの)がことばかり考えておるから、  決して正しい道がわからぬのよ。  貴様は初めから、何が正しい道か知っておるではないか』 「え?」  どういう意味か教えてくれ、と男は思った。  しかし、刀は黙ってしまった。気配すら感じられない。    これが俺の甘えなのだ、と剣士は気付いた。  刀の使い手のはずが、いつの間にか刀に依存している。  考えることすらも。  それも都合のいいときばかり。  彼は、幼いころに亡くした父を思い出した。  ――俺は水槌(ミズチ)に、父を見ているのかもしれん。  ふとそう思った。  しかし、「刀は刀だ」と、自らに言い聞かせるように言った。  それに今更、親を求めて泣き叫ぶ歳でもあるまい。  彼はぬかるんだ道のわきに生えている大樹のもとに寄って、どかと腰を下ろした。  初めから知っているはずだと刀は言った。  それはどういう意味だ? 彼は考えた。そして呟いた。 「祈祷師だ」  竜神は、生贄を求めなどしなかった。  無理に契約を結んだのは祈祷師なのだ。  契約者自身に、契約を破棄するよう竜神に拝ませればよい。  無論、”破棄”という”契約”にも、それなりの代償が必要だろうが。  そのとき、水槌が、久方ぶりに澄んだ良い音を出した。
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