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祭りが始まった。
村人たちは総出で奉納の舞を舞う。
それは厳粛でもあるが、むしろ笑いに満ちて楽しげだ。
祈祷師の”祈祷”に無いものが、そこにはある。
それは神々への畏敬の念と、同時に親愛の情だ。
初め祈祷師は、驚いて眉をひそめた。
儀式を重視し、それが通用せぬものは調伏すべきと思っている彼には、村人たちの無邪気なまでの神への尊敬は、理解できなかったらしい。
「不遜だ」と呟いた。
しかし徐々に、その踊りと笑いと酒、そして神事の炎によって場が清められていくのを、彼も感じたのだろう。彼は黙って見ていた。
同じく「おそれ」と呼ぶにしても、畏敬と恐怖とは異なるものだ。
この、純朴な敬愛と笑いとを、剣士も長く忘れていた。
村人たちの言動からは、他者の命や、大いなる命の源への畏敬を感じる。
命を尊ぶとは、こういうことだったはずだ。
「これでよかったのだ」
突如その言葉が剣士の口を突いて出た。
彼自身もそれに驚いた。
それはまるで、沼の水神が、剣士の口を借りて、祈祷師に話しかけているかのようだった。
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