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男は長い間、無敗の剣士と呼ばれてきた。
彼は、見知らぬ土地の見知らぬ領主の依頼で、人里離れた奥深い沼への道を歩きながら、ずっと考えている。
俺はいったい、何に負けないために、何の道を究めようとしてきたのか、と。
夜だった。
道は暗く狭い。ときおりぬかるんでもいる。
しかし、邪気は感じなかった。
悪いものが棲んでいるという気配はない。
むしろ、人々の畏敬の念によって清められている気配すらした。
この土地の人間は、沼の主を大事にし、古い先祖の時代から土地との関係をはぐくんできている、そういう気配だ。
それが何だって、こんなことになったのやら。
この地とはまるで関わりのない人間なのに、男は考えずにいられない。
初めに領主の使いが現れた時、剣士はその領主のことを、よほど横柄でわがままな男だろうと思った。
ところが会ってみると、少なくとも初めのうちは、領主は男の想像を裏切って、えらく人の好さそうな人物だった。
その領主が、自分の末娘を生贄に求める沼の主から、娘を守ってほしいという。
話はこうだ。
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