30人が本棚に入れています
本棚に追加
”我は、生贄など求めはしなかった。”
龍が言った。
”すべては、あの男――新しい領主が頼んだ祈祷師の行ったこと。
我は、その契約を呑むつもりはなかったが、
祈祷師は妖術を使って、我を縛り、
我が契約を受け入れるまで
その術を解かなかったのだ。”
男はうなずいた。
「あなたには、生贄など必要なかったのですね」
”無論。”
ただいつものように、村人たちが楽しく祭ってくれさえすれば、竜神は雨を降らせることができたはずだった。
「領主と祈祷師の思い込みか」
”恐れであろう。彼らは、我やほかの土地の神を恐れておる。”
しかし、いかに竜神が嘆こうとも、為されてしまった契約は果たされねばならない。
「どちらを望むのです」
男は、不機嫌な妖刀に手をかけながら龍に尋ねた。
「私は、あなたの望みを聴きたい。
生贄をとり、ここで村を守り続けることを選ばれるのか、
それとも――領主の娘のために、私に、今ここで殺されるのか」
竜神は黙っていた。
人間を殺したくない、という竜神の意思を、男は感じた。
それで男は、こう尋ねた。
「自ら行った契約を曲げて、道を外れ、
神々をおろそかにして歯向かおうという人間がいる。
その、道理を曲げる者を、神であるあなたが、かばうのですか」
竜神は答えない。
最初のコメントを投稿しよう!