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しかし、沼から村への道を戻りながら、男には迷いが生じていた。
これからどうするべきか。
ただ領主のもとへ戻り、斬首されてさらしものになるのではあまりに不名誉だ。
それに、
――俺は、命が惜しい。
そのときはっきり、彼は感じた。
それを自ら笑い飛ばそうとした。だが、体の震えをどうにもできない。
――なぜだ? おかしな話だ。
これまで幾度、命を賭けた戦いに赴いたろう。
俺はそれを怖れはしなかったではないか、と思ってから、
いや、違うのだ。と、男は思い直した。
――俺は、死を怖れなかったのではない。
ただ、自らの技を過信していただけなのだ。
その戦いで死ぬなどと思ってもいなかっただけなのだ。
いや、むしろ、自らの意図に従わせることのできない「死」の恐怖から目を背けるために、武芸を磨き、強くなったのではないか。
武力ではどうにもならぬものを、どうにかできると思い込むために戦いつづけただけではなかったのか。
怖れが自惚れを生むのだろうか。
祈祷師が、竜神を怖れるがために、神をその妖術で操ろうとしたように。
そうだ、というように、妖刀が手に響いた。
怖れるな、という響きは今は、男には自死をうながす響きにしか聞こえなかった。
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