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青都の夕暮れはモスクを照らして空を赤く染めている。
人気がないところで一服していると、一人のガキが俺の側に座っていた。見るからにみすぼらしい格好をしている。ホームレスのガキか?
度重なる戦争で、この辺りはすっかり変わり果てホーレレスが増え犯罪も日常茶飯事だ。今は休戦しているが、いつまた戦闘が始まるか分かったもんじゃない。俺は、前の戦争での帰還兵だが、母国に帰ってきてからは精神をやられ、犯罪に手を染めながら生きている。散々、人を殺してきた俺はもう、ドラッグと酒なしではいられなかった。
俺はタバコを吸いながら、ホームレスのガキを見ていた。別に珍しくもないが、そのガキはこの辺りでは見ない髪の色と不思議な目の色をしていた。
俺に気づくと近くまで来て黙ったまま立っていた。俺は気まぐれで持っていたパンをガキにやった。そのまましばらく夕陽を見ていた。
俺がその場を立って歩き出すと、ガキも一緒についてきた。
くそ、めんどくせーな。
「あのな、俺について来てもしょうがねーぞ」
ガキは黙ったままだ。
「お前、どっから来た?」
何を聞いても答えない。俺は自分でも分からないが、そのガキを連れて家まで戻った。家の中は荒れ果て、酒の瓶が辺りに散乱している。
「おい、お前。名前は?」
ガキは一言も話さない。
「別にここにいても構わないが、その変わり仕事をしろよ」
ガキはうなずいた。
「おい、アルマ。お前は飯を調達してこい」
俺は売人仲間から手に入れた麻薬を高値で売っ払っていた。
アルマにはスリの仕方や盗みを教えた。
アルマは俺が勝手につけた名前だ。
しばらくアルマと奇妙な同居生活を続けていた。相変わらず口は聞かないが、別にそれはどうでもいい。
俺は毎晩殺した奴らの夢を見た。
そいつらが俺を殺しに来る夢だった。
嫌な汗をかいて目が覚めた。気がつくとアルマが心配そうに俺を見ていた。
「起きてたのか」
アルマがうなずく。
「早く寝ろ。明日も朝から街に行くぞ」
俺は再び寝ようとしたが、目が冴えてしまい戸棚から酒をとってきた。
アルマはそばで横になっている。そういえば、こいつが来てからあんまり夢にうなされなくなった。酒は飲んでいたが、ドラッグなしでも平気になった。
不思議なもので誰かが隣にいると自然と安らぐ。
俺はアルマの寝息を聞きながらいつの間にか眠っていた。
翌朝、売人仲間が俺を訪ねてきた。でかい仕事があると持ちかけてきた。かなりヤバイ仕事だが金は相当もらえるらしい。今までなら考えるまでもなくやっていた。何故か俺は返事をためらい、「ちょっと考えさせてくれ」と言った。
その後、アルマと街へ行ったが盗みをさせる気になれず、パンと肉を買って帰った。
今日はアルマにちょっと美味いもんでも食わせてやるか。
俺はしばらくしてから売人の仕事もスリもやめて、日雇いの仕事を始めた。アルマは料理や洗濯をするようになった。
そして夜は酒がなくても寝れるようになった。たまに夢にうなされるが、アルマの気配を感じると、気持ちが落ち着いた。アルマはまだ口を聞かないが、たまに少しだけ笑うようになった。
ある日、夕食に野菜スープとパンを食いながら俺は言った。
「お前さ、アルマってどう言う意味かしってるか?」
アルマは首を横に振った。
「俺が殺した奴がさ、最後にその言葉を言ったんだよ。誰かの名前か、何なのかは知らないけどな」
俺は続けた。
「この言葉がずっと心に残っていた。呪いみたいにな」
アルマが不思議な色の目で俺を見ていた。
バンッ!
その時ドアが激しく開く音がした。売人仲間だったジルが入ってきた。
「ムサト。お前、売人の仕事辞めたんだってなぁ?俺たちのヤバイ仕事を散々やってきてただで辞めれると思ってんの?」
目がおかしい。ドラッグでラリっている。ジルは俺を殴りつけてきたあと、腹を思いっきり蹴りとばした。
俺はむせ返り、倒れ込んだ。
アルマが俺をかばおうとした。
「アルマ!逃げろ!」
俺は叫んだ。
ジルはナイフを取り出した。
俺は起き上がってナイフを奪おうとした。
揉み合っているとナイフがアルマのところに転がった。
アルマは手に持ち、ジルに向けた。
「やれるもんならやってみろ、ガキ」
アルマの目の色がいつもと違う。
「やめろ!アルマ!」
俺は止めようとしたが、遅かった。
ナイフはジルの腹をかすめ壁に突き刺さった。ジルはナイフを抜き、アルマを刺そうとしたが俺が前に出て脇腹を刺された。ジルは慌てて逃げていった。
アルマは立ち尽くしていた。俺の血を必死で止めようとしている。
「アルマ、お前は俺みたいになったらダメだ」
俺は横になって言った。
「殺した奴が最後に言った言葉はさ、俺にとって呪いだったんだ。恋人の名前だったかもしれない、子供の名前だったかもしれない。誰かの大事な奴を奪ってまで、俺は何で生きてるんだろうなって思った。俺の方が死ぬべきだったんだ。でも、お前にその名前をつけてから【アルマ】は呪いの言葉じゃなくなっていた」
俺は気を失った。薄れゆく意識の中でアルマが何か言っていたが、聞き取れなかった。いつもの不思議な色の優しい目に戻って微笑んでいた。
目を覚ますと、俺は傷の手当てをされていた。
アルマの姿はどこにもなかった。俺は街中を探したが、見つけられなかった。
アルマがどこから来て、本当の名前は何なのか俺は何も知らない。
初めてあった場所に行って、そこにいたホームレスに聞いてみた。
「不思議な目の色をした、異国の少年?ワシはずっとここにいるけど、見たことがないのう。あんた帰還兵か?」
「ああ」
「とうの昔のことだが、ワシもそうだった。何とか生きて帰ってきたものの、人を殺した罪悪感から死ぬことばかり考えていた。そんな時、一人の異国の少年に会ってな。しばらく一緒に暮らしておった。あんたに言われて思い出した」
ホームレスのじいさんはモスクに沈んでいく夕陽を見ながら言った。
「その子はどうしたんだ?」
俺は聞いた。
「いつの間にかいなくなってしまった。不思議とワシも自ら死のうとすることはやめた。今もこんな生活だがな、ワシは満足してる。穏やかな気持ちで夕陽を見ることができる。それだけで幸せだ」
俺は黙ったまま立っていた。
「その子も罪悪感で苦しむお前さんのとこに来てくれたのかもしれんのう」
夕陽はもう完全に沈んで、辺りは暗くなってきていた。風が肌寒い。もうすぐ冬が来る。
きっともうアルマには会えないのだと思った。
俺の大切なアルマに。
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