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第6話 小鳥の家の招待客②
「あー、おいしかった。これが「雨迷人」裏メニューの「えとらんぜカレー」かあ」
道彦はきれいに平らげたカレーの器をスプーンで叩きながら言った。称賛したい気持ちはわたしも同じだった。この味をわたしが作れるようになるにはあと何年、かかるだろう。
「すげえや。これ、ジューゾウが作ったの?」
道彦が器を下げに来たジューゾーに尋ねた。わたしはジューゾーが何と答えるか興味津々だった。
「お馬鹿ねえ。私が作れるわけないでしょう。オッちゃんに決まってるじゃない」
ジューゾーはさも当然のように言うと、カウンターの奥で鼻歌を歌っているマスターの方を見た。
道彦が「だと思った」と返すとジューゾーはふふんとせせら笑い、「学校のお勉強もいいけど、外に出たら人を見る目を学ばなきゃ」とよくわからない説教を垂れた。
「覚えときます、お姉さま。……それはそうとトーコ。例の本、早く出せよ」
道彦はいきなり身を乗り出すと、わたしをせかした。わたしはテーブルの上にカレーの滴が残っていないかを確かめ、バッグから『希人町異聞』を取り出した。
「ええと……気になる記事があったのよね」
わたしは目次を頼りに、ページをめくった。是非とも見てもらいたい部分があったのだ。
「あ、ここよ。「「小鳥の家」をたずねた男の話」」
わたしが文字の多いページを指で示すと、道彦が待ち切れないというように覗きこんだ。
ページにはモノクロの写真と、鉛筆書きのラフな絵が載っていた。写真はすっかりおなじみになった巨木のもので、絵の方は室内を描いたと思われる、一風変わったものだった。
「見てこの絵。これ、ひょっとして「小鳥の家」の中かな」
わたしが言うと、道彦は「そうかもしれないな」と短く返した。わたしがこのページに惹きつけられたのは、何と言ってもこの絵があったからだ。
描かれていたのは、籠のような壁に四方を囲まれた狭い室内の様子だった。絵には人間を含む生き物が三体、描かれており、そのうちの一体は「クロバトロス」だった。
「男の人は人間だとして……この、鳥の背中に乗っているのが「小さい悪魔」かな」
わたしは絵を見ながらつぶやいた。絵には天井に頭がつかえている男の人が描かれており、その向かい側に「クロバトロス」と、その背に乗っている赤い髪の女の子とがいた。
「この女の子が「ミルチ」か。見たところ、人間みたいだけど」
「でも良く見て。耳が尖ってるし、尻尾みたいなものがあるわ」
わたしが指摘すると、道彦は「うーん」と唸った。女の子は猫を思わせる大きな目をしており、黒い寸詰まりの袖なしワンピースを着ていた。
頭と体が同じくらいの大きさで、顔はともかくサイズとバランスがどう見ても人間のものではない。
「記事を読んでみるね。「それではここで「小さな悪魔」と直接会って話をしたという人物の話を紹介しよう。その人物は矢凪一童という教師で、町の郷土史を研究している人物である。
一童は夜な夜な町に出没し、人々を震え上がらせている「界魔」の噂を聞いて回っていたという。ある時一童は「界魔」を食べる「小さな悪魔」の噂を聞きこみ、悪魔が住むという「異界の森」へと足を運んだ。そして森の番人ともいわれる楢の大木の、鳥籠のように膨れている部分を悪魔の巣だと考えた。
一童はどうにかして「鳥籠」の内部に入ろうと幹を登り始めた。……が、途中で足が滑り、あっさりと転落した。意識を失った一童が次に目を覚ました時、目に映ったのは見たこともないような奇妙な風景だった」……だって。それがこの絵というわけね」
わたしがいったん言葉を切ると、道彦が続きをせがむような目を向けてきた。私は黙ってページの終わりを指さした。
「あれっ、ページが破れてる」
「マエストロの仕業かもしれないわね。どっちにしろこの先は一童っていう人と「小さい悪魔」が話した内容が書いてあったに決まってるわ。……もう、最悪」
わたしが頬を膨らませていきどおっていると、道彦が「しょうがないよ」と珍しくしおらしい言葉を口にした。
「書いてないなら、じかに会って聞けばいいんだ」
思いもよらない発言にぎょっとした私は思わず「本気なの?」と聞き返していた。
「ああ、本気さ。……だってこの人、木から落ちただけで中に入れてもらえたんだろう?同じことをやればまた、入れてくれるさ」
道彦のあまりにのんきな顔と発言に、わたしはげんなりした。
「本の中身と同じことをする気?わたしはつき合わないわよ」
わたしが釘を刺すと、道彦はちっちっと舌を鳴らした。
「別に同じことをする必要はないよ。……ちょっと今、ひらめいたアイディアがあるんだ」
得意げに人差し指を振って見せる道彦に、わたしは早くも不安めいたものを覚え始めていた。
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