取り返してあげたい

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取り返してあげたい

  「白石希美さんの名前を出したのは、有名人のために説明しやすかったからですが、でもプレッシャーから不安障害やストレス障害を発症するトップアスリートは多いんです。その発症理由のほとんどは、家族、支援者、指導者やスポンサーに対する責任感と自身のスランプによる不安が原因と言われています。 でも、トシはトップアスリートでもなんでもない。それでもトップアスリート級のプレッシャーに襲われた。それはその優しさ、気遣いが強過ぎたからだと思います。 チームスポーツの場合、自分のミスが原因で負けてしまう事があります。そうなるととても落ち込みます。トシの場合その思いが極端に強い。そしてそれはチームメイトに対しても同じ思いにとらわれる。エースが不調だから、仲間がエラーしたから、主力選手がチャンスを潰したから ……このまま負けてしまったら、彼らがかわいそう。こんな時こそ恩返ししなきゃって、試合が進むにつれ、どんどん自分の打席にかかるプレッシャーが重くなっていくのです。 そんな時に自分がミスをしたり、チャンスを潰したりが続くと、後ろめたさが罪悪感となって、周囲の目が怖くなっていく。世間の目が自分を攻撃してくるのです。 彼はチームメイトの思いを背負い過ぎる。小学生では非常に稀なケースなんです」 「でもそれはあくまでヒロさんの想像でもあるんですよね ?」 早紀が遠慮がちに言った。 母親の責任感が言わせた言葉。 それはとても弱々しい言葉だった。 それを受けるヒロさんの眼差しからは、包み込むような温かさが感じられた。 「はい。想像です。人の内面にあるものはとても複雑ですので、100%言い切れるものは何一つありません。でもこの想像には自信があるんです。何故なら、20年前ぼく自身がそうでしたから ……ぼくもチームメイトの顔色ばかり見ている少年だったんです。特にぼくは打つ方がまったくダメでしたから、試合後はチームメイトに申し訳なくて、いつもボコボコにヘコんでいました。仲間に助けて貰ってばかりでした。ただし、ぼくにはそれをわかってくれる親友がいた。支え合える仲間もいた。だからずっと楽しく野球が続けられたのです。ぼくは大学四年の夏まで野球をしましたけど、ずっと楽しかった。本当に楽しかった思い出しかありません。だから、あんなにも苦しそうに野球をしているトシを見て、不憫で …胸が痛くて …いたたまれない気持ちになりました。その上、遂に大好きな野球まで奪われてしまった ……この悲しみ、痛みだけは …ぼくは誰よりも知っています。これだけは、何としてでも取り返してあげたい。ぼくはそう心に決めたのです」 ・・・重い 大学四年の夏、絶頂期に選手生命を絶たれたヒロさんの言葉。 わたしたちは言葉を失っていました。
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