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まだ頑張れる
はっ …はっ …はっ …はっ …はっ …はっ
はっ …はっ …はっ …はっ …はっ …はっ
競技場まで100メートル。
けっこうな登りが続いていた。
34番に並んだ。
そして目の前に14番。
・・・まだ頑張れる
「どうしてぼくにはパパがいないの ?」
そんな事、お母さんにもおばあちゃんにも訊けなかった。
訊いちゃいけないと言う事だけはわかった。
5歳くらいの時、タカさんと仔犬だったポロンとでよく児童公園で遊んだ。
よその子はお父さんと来ていた。
「どうしてぼくにはパパがいないの ?」
どうしても我慢出来なくなって、タカさんに訊いた。
「その代わり俺がいる」
タカさんがそう言った。
「わかった」
ぼくはそう言って頷いた。
本当はわかっていなかったけど、タカさんが代わりなら、そっちでいいって思った。
あれからずっと、ぼくはタカさんに褒められると、嬉しくてしょうがなかった。
何故かわからないけど、タカさんに褒められると、もっと頑張れた。
「けっこう頑張ってるじゃんか」
いつも変な褒め方しかしないけど、何故か力が湧いて来る。
はっ …はっ …はっ …はっ …はっ …はっ
はっ …はっ …はっ …はっ …はっ …はっ
・・・ポロンだって見てる
まだ頑張れる。
競技場の入口が見えた。
スパートをかけて一気に14番の前に出た。
不意に登りが終わって、トラックに飛び出した。
凄い大歓声。
5メートル前に 26番。
灰原さんがバックストレートに突っ込んでいく。
あっ !
バックストレートの入口。
あんなとこに ……
・・・ヒロさん
えっ ?
ヒロさんの顔 ……グチャグチャ
ぼくはヒロさんの目としっかりと合わせた。
ははっ
ヒロさんって、けっこう泣き虫。
バックストレート。
灰原さんがスパートをかけた。
差は 5メートル。
・・・ん ?
グチャグチャな泣き顔 ?
・・・あれっ ?
・・・?
・・・ あっ !
タカさん動画。
神宮大会決勝。
重力を切り裂くフォーシーム。
軌道なく彷徨う ……舞い落ちる木の葉の魔球。
グチャグチャ顔で胴上げされてた小さなエース。
・・・ヒロさんって
・・・
・・・ぼくだって
・・・負けない
バックストレートを抜けた。
真正面 ……選手招集ゾーン。
・・・仲間たち
5人とも同じポーズをしてた。
顔の前で ……
両拳を握り締めて ……
ぼくを睨んでいた。
ホームストレート。
あと50メートル。
はっ …はっ …はっ …はっ …はっ …はっ
・・・まだ頑張れる
タスキを握り締めた。
はっ …はっ …はっ …はっ …はっ …はっ
灰原さんの息遣い ……
風が ……
和らかい風が ……
通り過ぎた。
気持ちいい。
ぼくは ……
タスキを握り締めたまま ……
ゴールテープを切った。
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