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 視界の端で小さな赤い光が見え、次の瞬間には耳を貫くような着信音が鳴り響く。  息を吸い込む隙間さえ与えないかのように、主張する電話に向かって私は手を伸ばした。本体との間にできた僅かな隙間によって2回目に備えられていたコール音が途切れる。硬い受話器を握った左手を耳元に持っていく、そんな一瞬の時間に私はそっと息を吸い込む。 「はい、株式会社フジサキ人事部の牧園です」  使い慣れたセリフはスルスルと口から零れていくのに、最初の一音、受話器から流れる最初の声が聞こえるまで、緊張感が体の中を流れるのは止められない。  ——大丈夫。番号は社用携帯だ。  長方形のディスプレイに表示された電話番号の頭は確認済みだ。内線か外線か、社用か外部か、自然と確認するクセが私にはもうついている。 「あ、牧園さん?お疲れ様です、常盤です」  耳に飛び込んできた聞き慣れた声に、強張った肩から力が抜け、体に溜め込まれた緊張感は別の色に塗り替えられていく。 「!……お疲れ様です」  高くなりそうな声を抑えこみ、私はいつも通りを装う。 「今、戻っているところなんだけど……」  常盤さんの声を聞きながら、私は今日の予定が書かれているホワイトボードへと視線を向ける。常盤さんの名前の隣に並ぶ整った文字が、取引先との打ち合わせを終えて会社に戻ってくる時刻をわずかに過ぎてしまっていることを教えてくれた。 「何かトラブルですか?」  機械的なほど落ち着いた声が自分の口から漏れる。私は小さく息を吐き出し、耳へと直接響く声に集中する。 「いや、打ち合わせは予定通りだったんだけど……実はちょっと電車乗り間違えちゃったみたいで。予定より遅くなりそうだから課長にうまく言っておいてくれないかな?」  明るく聞き取りやすいはずの声が小さく萎んでいく。私の頭には恥ずかしそうに小さく笑う顔が思い出される。思わず吹き出しそうになるのを、喉を鳴らすことでどうにか耐える。 「ん……承知しました。電車の遅延ということで伝えておきますね」 「ありがとう!助かります」  ふわりと光が差したように弾んだ声に、電車の到着を知らせるアナウンスが重なった。「それじゃあ、よろしくお願いします」慌てたような常盤さんの声が聞こえたかと思うと、届いていたはずの外の音は途切れた。私の次の言葉を待たずに、電話は切れてしまっていた。 「……お疲れ様です」  伝えられなかった言葉をそっと吐き出す。誰もいないオフィスにため息とともに消える自分の声を聞きながら、私は壁にかけられた大きな時計を見上げる。  お昼休憩が終わるまであと三十分。それは同時にこのフロアを私が飛び出すまでのカウントダウンでもあった。
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