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「ちょっと待って」 「!」  肩に乗せられた大きな手に引き寄せられるように、私の視界は常盤さんの顔でいっぱいになった。ぶつかるように繋がってしまった視線の先、黒い瞳の真ん中に自分の顔が見えるほどにその距離は近かった。 「そんな表情してるのに、放っておけないよ」 「……っ、」  とっくに限界を超えていた私の涙腺はついに崩壊し、私は両手で自分の顔を覆った。常盤さんはそっと顔を寄せると、私の耳元で「ちょっと待っててね」と言い残し、飲み会会場になっている個室へと戻っていった。  このままみんなのところに戻るわけにもいかない状態の私は言われた通り、顔を隠すように俯けたままその場にとどまった。タイツの先から冷たい廊下の温度がゆっくりと上ってきて、溢れてしまった熱を鎮めるように心細さが持ち上がる。  ——どうして、なのだろう。  私が何か困っている時や寂しい時、常盤さんだけが気づいてくれる。コピー機が紙詰まりを起こしてしまった時も、課長に注意を受けている時も、電話当番で一人オフィスに残っている時も——思い返せば、気づくと常盤さんが助けてくれた。直接手を貸してくれることもあれば、さりげなく話題を変えてくれることも、外から電話をかけてきてくれることもあった。そうやって常盤さんがいた場面を思い出していると、私の胸は温かくなっていき、心細さは次第に落ち着いていった。 「お待たせ。ごめんね。このまま外行こうか」  その声に顔を上げると、いつの間にか私の上着と荷物を持った常盤さんがいた。  私はどうしていいかわからず、ただ「……はい」と頷くのが精一杯だった。 「みんなにはうまく言っておいたから大丈夫だよ」  そう言って出口へと体を振り返らせた常盤さんに倣うように、私も受け取ったコートに袖を通して、カバンを肩にかける。そんな私の様子を視界の隅で確かめてから、常盤さんは「おいで」と私の手を握って歩き出した。 「!」  手を引かれ、見上げた視線の先、コートを羽織った常盤さんの背中はいつもより大きく見えた。私は自分の手を包み込んでくれる確かな体温に、身体中に張り詰めていた糸が緩むのを、そして感じたことがないほど顔が熱くなるのを自覚した。
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