想い秘める男子学生

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想い秘める男子学生

 冷たくなった手を擦り合わせながら、ミルクホールへと足を向けた。扉を開けると、かしましく歓談している女学生たちが目に入った。いつも取り巻きに囲まれて微笑んでいる、黒髪の彼女の姿が今日は見当たらない。僕はそれとなく彼女たちを背にして座る。ご注文は、と女給が尋ねたので、メニューを一瞥した。珈琲をひとつ。女給の後ろ姿を見送りながら、僕は後ろの会話に耳をそばだてた。 「綾乃様、元気にしていらっしゃるかしら」 「ここで一緒にミルクを飲みながらお喋りするの、楽しかったのだけれど」 「『女学生の頃にしかできないから』って仰って、楽しそうにしてらしたわよね」 「今じゃ旧家の奥様でしょう、羨ましいわ」  お待たせしました。湯気を立てる珈琲が目の前に置かれた。そうか、彼女は綾乃という名前だったのか。控えめな微笑み方、口元に添えられた細い指、形の良い唇。僕には不釣り合いなくらいに美しくて、とうとう声はかけられなかった。そうか、遠いところへ嫁いだのか。僕は珈琲に口をつけ、ゆっくりと啜った。熱と芳香が口に広がり、焼けつくように喉を通っていく。そうして後に残されたのは、苦味と酸味と、熱で舌がひりつく感覚だった。
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