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「僕は無慈悲な革命家です。目的のためならば手段を選ぶ気はありません」
二十一世紀の四半期も終わりかけたある日、一本の犯罪予告動画がとある動画サイトにアップロードされた。
「計画は既に進行しています。交渉に応じる気はありません。ましてや計画を中断する気もありません。ただ一つ、人民諸君にできることは僕の優雅な革命を指をくわえてみていることだけです」
十代後半に見える少年の後ろには黒一色の壁があるだけ。その壁の前で事務的に作業をこなすように淡々と話している。
「革命の幕開けは南都駅の構内です。これは嘘ではありません。死にたくなければご用心を」
すべてを言い終わると少年は少しだけ口角を緩めた。
「この革命に光のあらんことを」
最後にそう言って映像は終わった。
***
「おい、東雲」
今日は出勤するなり編集長に捕まった。こんな朝早くに声を掛けられるとは、悪い予感しかしない。
「何ですか、編集長」
「こいつを見てくれ」
そういって見せられたのは少年の犯罪予告だった。
「で、これを取材して記事にしろってことですか」
「ああ、察しが良くて助かるよ」
「この少年についてなんか情報は出てるんですか」
「名前は依代篤哉、歳は十七、高校生だ」
たしかにその情報は動画の下のコメント欄にも載っていた。
「それと、今回はもう一人補助が入る。佐川君だ」
紹介されたのは新人女性社員だった。彼女がこちらに向ってよろしくお願いしますと言ってきたのでこちらもよろしくと返す。
「編集長、この大変な仕事に、新人教育の仕事まで請け負わせるんですか」
「新人とはいえ佐川君は優秀だから、君の手を煩わせることはないから安心してくれ」
どうやらこれは決定事項らしい。
「次のボーナス期待してますよ」
これから忙しくなりそうだ。
「東雲先輩、まずはどこからあたりますか」
「まず動き出す前に情報収集だ。闇雲にあったていてもなかなか核心は得られない」
「とりあえず、現時点で依代篤哉について分かっていることは、歳が十七、公立高校の昭令高校三年、両親は五年前事故で他界、ほかに親類はおらず現在は保護施設で暮らしているくらいしかありません」
「なるほど。じゃあまずは両親が他界した事故から調べていくか」
「了解です」
早速作業に取り掛かる。事件において最も重要なのは動機である。今回の事件において最もそれに近いものはその事故である気がする。もしかしたら動機などない愉快犯の犯行かもしれないが。
しかし、そう考えるには腑に落ちない点が多い気がする。
「先輩」
向かい側で作業をしている佐川が話しかけてくる。
「動機など関係なくて愉快犯だっていう線はないんですか」
「いや、今回はそうではない気がする」
「それはどうしてですか」
「ならばどうして彼は顔をさらしたと思う」
「そういえば、確かに不可解ですね」
「ああ、顔をさらせばそれだけ捕まるリスクが高まる。基本的に愉快犯は社会が混乱する様子を誰からも俯瞰されない場所で眺めていることを望む。つまり彼らは捕まるようなリスクを冒したくないんだ」
「警察からの逃亡を楽しんでいるっていう考え方は出来ないんですか」
「可能性としてはあるが俺の勘ではその確率は極めて低い。なんか今回はとても嫌な予感がする」
何もかもが解せない。でも彼の表情は愉快犯のそれではなかった。
「先輩」
佐川が急に声を荒げる。
「これを見てください」
そう言って見せられたのは一本の動画だった。
「依代篤哉がライブ配信を始めました」
映し出されたのは、定点カメラの映像で、画面の中心には一つのキャリーバックがある。
画面を見ること数秒、キャリーバックは激しく爆発し、あたりからは悲鳴が聞こえた。構内が騒然とする。
朝の忙しさも一段落した九時過ぎの出来事だった。
構内での爆破映像はたちまち話題となった。ニュースではどこの局の番組でも依代篤哉という名前が出てくる。
そして、分かったことが一つ。彼は愉快犯ではなかったのだ。
そのことがさらにこの事件への話題性を増した。若者の蜂起やら社会への反逆やらどのメディアも都合よく解釈して報道している。警察も早急に捜査を進めていて、例の爆破から半日もたたないうちに記者会見が開かれた。
「えー今回の南都駅事件について現時点で分かっていることについてお話します。駅構内に仕掛けられた爆弾は過酸化アセトンだと判明しました。また、これを仕掛けた人物についてですが、本日の朝、爆破に使われたものと同じキャリーバックを持った長髪のサングラスをかけた男性が駅の改札を通る様子が防犯カメラに写っていました。現在分かっていることは以上です」
「先輩、過酸化アセトンって高校生でも作れるんですか」
「いちおう日本でも十九歳が作った作ったっていう事件はあったから、十七で作れても不思議ではない」
「それと協力者についても気になります。彼らの目的は何なんでしょうか」
「それを見つけて記事にするのが俺らの仕事なんだよ」
しかし今はそんな仕事を置いておいてしばらく寝ていたい。この展開の速い事件のせいでまともに眠れていないのだ。
懸命にあくびをかみ殺した矢先にスマートフォンが電子音を立てた。
依代篤哉が新しく動画をアップロードした。
「革命はまだ続きます。すべてが浄化されるまでは」
たったそれだけを言い残して画面は暗転した。そして数秒後、だれもいない工場が映し出された。中央に移るのはふたのあいた段ボール。またしても数秒の沈黙の後に、事は起こった。突如、業務用の扇風機が動き出し、段ボールからは黄緑色の気体が発生した。それを扇風機が拡散させ、部屋中が薄い黄緑に染まった。
剣呑とした暖かい日曜の昼の出来事だった。
「塩素の発生」
佐川が唐突に口を開いた。
「その根拠は」
「まず発生した気体の色がそうでした。さらに塩素は簡単に発生させられるので高校生でも可能かと」
「混ぜるな危険ってやつか」
「そうです。また、扇風機は空気より重くて拡散しにくい塩素を拡散させるためだとおもいます」
たしかにその説明で犯行方法については説明がつく。しかし今回の事件は前回の南都駅構内爆破事件よりも大きな疑問を突きつけた。
なぜ、明らかに被害者の出ないタイミングを選んだのか。南都駅構内爆破事件も起こったのはラッシュが終わった後だった。さらに今回など工場には誰一人いなかった。
しかし彼は自分のことを無慈悲なテロリストだと言っている。これは明らかな矛盾だ。
これは失敗なのか、意図的なのか、なんとも気味が悪い。
「先輩、事件の起こった工場が判明しました。アプフルークの工場です。このまま会社まで取材に行きますか」
「いや、それはやめておく。アプフルークは巨大企業だ。そう簡単には欲しい情報は得られないだろう。それに他の記者でにぎわっているだろうし。だから俺たちはアプフルークと依代一家の事故についてを調べる」
「なにか関係がありそうですか」
「この不可解な事件の辻褄が合うためにはこの二つが関係があるとしか思えないんだよ」
二千二十年四月三日夕刻、首都高速道路南都インターチェンジ付近で事故。軽乗用車二台による衝突事故で両車両に乗り合わせていた合計四人が死亡。現場は片側二車線で左カーブ。後続の中曽根被告の車両が依代一家の乗る車両を追い越し、依代一家の車両の前に割り込もうとしたところ事故に至ったと考えられる。警察は翌四日に被疑者死亡で書類送検をした。
事件についての当時の新聞記事だ。ちなみにこの時、依代篤哉は家族と行動を共にしておらず、無事だったという。
さらに調べていくと不可解な点が二つ。一つは当時、道は大して混雑していなかったというのにわざわざ追い越しをしたという点。二つ目は中曽根被告の車が依代一家の車の側面に衝突しているという点だ。これではまるで、ぶつかるために車線変更をしたみたいではないか。
「先輩」
向かいのデスクで佐川が呼ぶ。
「依代篤哉の父、依代哲哉は元アプフルークの社員です」
「やはり、依代篤哉とのつながりがあったか」
「はい、彼はそれなりに出世して最終的に部長職まで出世してます」
「中曽根のほうは何かわかったか」
「はい、彼はアプフルークの社員ではありませんが、アプフルークの社長、結城一義とのつながりがあります。中曽根は高校時代の柔道部の後輩です」
「これである程度の推論は立つわけだ」
「ええ、依代一家がなくなったこの事故は実は仕組まれたものではないかと」
さすがだ佐川。編集長が言っていた通り仕事が早い。
しかしだ佐川、その記事すら仕組まれているという可能性は考えないのか。
「じゃあなぜ当時は大きなニュースにならなかったと思う」
「たしかに、これだけの情報がそろっていればマスコミももっと騒ぐような気もしますが。たしかに不思議てすね」
そうだ佐川、お前はまだ未熟だ。その情報についてもう一度確認してみろ。更新時刻はたったの五分前になっているのではないか。
「それで、先輩、この後はどうするんですか」
「結城邸の前で張り込んでみるか」
「警察には連絡しなくてもいいんですか」
「そんなことしてら調査がしにくくなるだろ」
「でも、次のテロによって犠牲者が出るかもしれないんですよ」
「いや、その心配はない。俺の推測では依代篤哉は被害者が出ることを望んでいない」
「でもそれは先輩の推測で」
「わかった。すべての責任は俺がとるからとりあえず今は通報しないでくれ」
佐川は納得はしていなさそうだが分かりましたとつぶやいた。
***
次に依代篤哉の動画がアップロードされたのは結城邸の前で張り込みをしている最中だった。
「虫けらさえもあざ笑うこの世界に果たして希望はあるのだろうか」
たったそれだけを言った。
そして次に映し出された場所は今いる道を挟んで結城邸の向かい側にある公園だった。
突如、複数体の超小型ドローンがあちらこちらを飛び交った。それはもう無秩序のようであった。その姿にハエを想起した。公園には親子が数組。ぶつかればけがをする可能性が大いにある。
ドローンはすさまじいスピードで縦横無尽に飛び回る。動きを予測することはだれにもできない。しかし幸運なのか意図されたのか、もののの数十秒でドローンは明後日の方向に飛んで行ってしまった。
「先輩」
「ああ」
「あの仮説は正しかったってことですか」
「そうとららえてよさそうだな」
この瞬間、明らかに事件は進展を見せたのであった。
そこから俺は事の顛末について警察に話した。警察も先の塩素ガス発生事件から依代篤哉とアプフルークの、さしては結城一義との関係を疑っているようだった。故に警察はアプフルーク関係の施設に警備を敷いた。
一方アプフルークは記者会見を開きテロには屈しないことを表明した。月曜から普段通りに工場は動くということだ。しかし社員に対する調査では、多数の人がしばらくは有休をとると言っている。
今回の事件でアプフルークへの復讐が目的ならば依代篤哉は十分に達成したはずだ。しかし目的が別である可能性も全く捨てきれない。アプフルークの関係者、とりわけ結城一義への復讐の線が濃厚だ。おそらく革命はまだ終わらない。
時間に余裕がなかった。例の記事は警察、マスコミ、さらには一般市民にまで認知されるようになったのだ。このままでは都合が悪い。状況は最悪だ。しかし被害が拡大しないためにはこうするしかなかったのだ。ゆえに俺は切り札を切るほかになかった。
「佐川、アプフルークの廃工場に行くぞ」
「どうしてそこなんですか」
「そこは依代篤哉の父が仕切っていた工場なんだ」
あのドローンは明らかに制御しきれていなかった。つまりは被害者が出ていてもおかしくはなかったのだ。結果としては幸運なことに被害者は出なかったのだが、この事件は明らかに以前の二つとは違ったのだ。依代篤哉のストッパーが外れかけている。このままでは次の事件では被害者が出るかもしれない。ゆえに俺が積極的に働きかけることになったのだ。
***
その廃工場は郊外にある山の山麓に位置する。あたりは閑散として草も伸び放題である。その草陰にまだ湿り気のある足跡が一つあった。
「最近ここに出入りした人がいるみたいですね」
「ここは依代篤哉の父が亡くなってすぐに廃工場となったと聞いている。ということは良くて不審者、あるいは依代篤哉というわけか」
「先輩はどちらだとみていますか」
「こんなにアプフルークが狙われているとニュースになっているのにもかかわらずアプフルークの廃工場に近づくなんて依代篤哉しか考えられないんじゃないのか」
「たしかにそうですね」
「とりあえず警察に通報しておいてくれ。俺は少し周囲を見てくる」
「わかりました。でも、気を付けてくださいよ。テロリストの巣窟である可能性も高いのですから」
「ああ、わかってるよ」
俺は依代篤哉へと一歩、また一歩と近づいていった。
廃工場の周囲を見ると伝えたものの、そんな気は一切なかった。建物の入り口に直行し、その錆びた重い扉をゆっくりと開けた。廃工場というものの機械類は一切取り払われており、どちらかというと倉庫のような面持ちだった。建物内を歩くこと少し、俺は急に照明に照らされた。
「驚かせないでくださいよ。どうしたんですか東雲さん」
一階分高いところから依代篤哉がこちらを見下ろしている。
「お前を止めに来た」
「何言ってるんですか」
「だからお前を止めに来たと言ってるだろ」
「そんなこと無理に決まってるじゃないですか。何といっても俺は世界を震撼させたテロリストですよ」
「ああ、それは知っている。そしてお前が一人の普通の少年であることも」
「いいえ、あなたは間違っている。俺はそんな一般的な人間じゃなくて心髄まで狂気に染まったテロリストなんだ」
「そうだ。だから俺はお前を殺し、その呪縛からお前を解き放つんだ」
「何が言いたいんだよ」
俺はスマートフォンを取り出し、依代篤哉に致命傷を負わせた。
「先輩」
佐川が駆けてくる。
「依代篤哉が新しく犯行予告を出しました。今回はなぜか動画じゃなくて文面です」
「東雲さん。あなたはいったい何をしたというんですか」
彼は、と阿川が問う。
「彼こそが依代篤哉だ」
すると彼女の表情が矢庭に変わった。
「そして、一方でごくありふれた少年だ」
「そんなことはない」
依代篤哉が声を荒らげる。
「俺は無慈悲なテロリストで」
「いい加減酔いしれるのはやめろ」
俄か東雲はよく通る声で依代篤哉の言葉を遮った。
「お前は無慈悲なテロリストなんかじゃない。ただの普通の少年なんだよ」
「違う。違う、違う違う違う違う」
「じゃあ何でお前はだれも殺さなかったんだ」
空間が忽然として凍った。
「無慈悲だというのならばなぜ被害者が出ていないんだ。なぜ明らかに被害の少ない時間帯を選んだんだ」
そう、彼は明らかに初めから矛盾していたんだ。そのことは彼の本心を語っていた。
「お前の目的はテロ行為なんかじゃない。ただ世間の注目を集めることだ」
「先輩、それはどういうことなんですか」
「依代篤哉はただ、世間の注目を集めたかっただけなんだ。そのための手段なら何でもよかった。ただテロが最適解だっただけで」
「ってことは彼は愉快犯ってことですか」
「いや、彼はいたって普通な少年だ。ただ執拗な復讐心に呪われていることを除いて」
「依代一家の事故と関係があるんですか」
「大いにあるとも」
依代篤哉が口をはさむ。
「あの事故は事故ではなかった。意図された事件だった。俺の家族は事故で死んだんじゃない、殺されたんだ」
「その証拠はあるんですか」
「どうやら事故を起こした中曽根の遺書が存在するらしい」
今度は東雲が口をはさむ。
「そこには中曽根の声で事件の発生方法、場所、時間、そしてそれらがアプフルークの現社長、結城一義の指示であることを示すテープが残っているらしい」
「だから次の犯行現場が結城邸なんですか」
「きっとそうなんだろう」
ついに依代篤哉は何も返さなかった。
「全ては結城一義への復讐のためだったんだ。世間の注目を集めたのも単に自分の主張が無視されないためなんだ。これは依代篤哉に陽動されて結城一義の汚職を指摘する、そんな人物を作り出すための革命なんだ」
俺の独白はまだ続く。
「そして今、彼は最後の手段に出ようとしている。それは結城邸で爆発を起こすことだ」
「どういうことですか」
「依代篤哉、君は賢いよ。もし爆破が起これば警察が現場に入り、調査する。そこで中曽根のテープ、ないしそれに匹敵するものが見つかることを望んでいるんだろ」
「そうだ。その通りだ」
依代篤哉が鋭い、しかし先ほどの激昂を欠いた視線でこちらを見る。
外からはサイレンが聞こえる。佐川が通報したことで警察が駆け付けたのだろう。
「それなのに東雲さん、あなたはそれを妨害した」
あの時俺は『結城一義の家に爆弾を仕掛けた』と打ち込んだものを依代篤哉の名義でネットにばらまいたのだ。
「先輩、結城家の避難が完了したと報じられています」
「全てはあなたのせいだ。あなたがこんな予告を送るから」
「何言ってるんだ。今回の黒幕は依代篤哉ただ一人。あの予告もお前が送ったものだろ」
俺の少しだけ口角を上げた顔は彼の時を止めた。
「は?何言ってるんだよ東雲さん。あなたもこの事件の共犯者じゃないですか」
「だれがそんなテロリストの戯言を信じるとでも」
依代篤哉は明らかに動揺していた。そして絶望していた。
「いたぞ。依代篤哉だ」
警官が駆けつける。
「くそーー」
依代篤哉は逃げようと必死の形相で、然して後ろより警官に追われて、東雲のほうに走ってきた。
東雲はいともたやすく依代篤哉を投げ、地面に押さえつけた。
「裏切者」
死力を振り絞って依代篤哉は一言叫んだのだった。
背後でサイレンが鳴り響く。
「先輩、依代篤哉の今回のテロは果たして正義に悖るものでしょうか」
「さあな」
その後彼は歩みを止めず、振り返ることもなくさっそうと立ち去って行った。
***
若干十七歳によるテロの終焉は瞬く間に報道された。そして、ことの核心を知った記者は結城一義を取り囲み、コメンテーターは手のひらを返したように依代篤哉を評価した。結城一義に恨みを持つ人物はここぞとばかりに彼を非難し、蔑み、メディアはそれを拡大して世論を誘導した。ゆえに結城一義は一切の証拠がないのにもかかわらず、被害者から悪人に変身させられてしまったのだ。まあ、そういう意味では一番の被害者かもしれないが。つまり依代篤哉による革命はそれなりにうまくいったということである。
今回の事件で依代篤哉の一番近くにいた記者として東雲は評されていた。ついで、新聞社の評価も上がり、編集部は歓喜にわいていた。
「編集長、東雲先輩の居場所をご存じでないですか」
「そういえば今日はまだ一度も見てないなあ」
「連絡はないんですか」
「ああ、彼が無断で休むなんて今までに一度もなかったのに」
ふと東雲のデスクに何かが乗っているのに気づく。
「編集長、これを見てください」
それを見て彼は驚いた。
「辞職願だと」
「福場大臣にお会いしたいんですけど」
次に東雲の声が響くのは官庁であった。
「しばらくお待ちください」
今回のテロは完全には成功していない。なぜなら何一つ物証が出ていないからだ。ゆえに結城一義はこのテロが覚めればまた再び悠々と暮らしていけるだろう。俺はそれが許せなかった。悪事が権力に揉み消されるなんてあっていいことではないんだ。しかしそれはほんの建前でこれからの行動は完全に私情に基づくものだった。
「許可が下りました三○二号室にいらっしゃるとのことです」
「ありがとうございます」
ついに最後のピースがはまろうとしている。
「失礼します」
「おお、東雲君待ってたよ。いやー今回はほんとご苦労だった」
「いえいえ、日本国民としての責務を全うしただけです」
俺は福田大臣に促されて応接席の彼の向かい側の席に座った。
「ところで中曽根の声の入ったテープを福田さんが持ってるってほんとうですか」
「ああ、そうだよ」
「今回の達成報酬の一部としてそのテープを見せてもらえませんか」
彼は不敵に笑いながら、一つのUSBをこちらに投げた。
「それがみんなが欲しがってるテープだ」
「ありがとうございます。ここで聞いてもいいですか」
「好きにすればよい」
俺はすかさずカバンからノートパソコンを取り出して、USBを差し込んだ。
そして革命は成功した。
「大臣、大変です」
ノックもせずに秘書が入ってきた。
「騒々しい。いったい何があったんだ」
「中曽根のテープが漏れました」
「何だと」
「はっはっはっはっはっはっは」
俺は不敵に笑わずにはいられなかった。
「東雲、おまえ自分が何したのか分かってるのか」
必死の剣幕で福田が怒鳴り、胸倉をつかんでくる。
うっとおしくまとわりつく老人を突き飛ばす。応接机に激しくぶつかる音がした。
俺は窓から天を見上げ、今は亡き敬愛なる上司に報告した。
「依代哲哉先輩、やっと先輩の無念が晴らせました」
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