84人が本棚に入れています
本棚に追加
「こちらです、副社長」
連れてこられたのは芦原の中心地だった。芦原の中心には大きな芸能の神を祀る神社があり、そこに近ければ近いほど、店の敷居も高くなる。
武仁が馬車から降り立つと、左右には「藤妓屋」と「蝶妓屋」という立派な店が建っていた。藤妓屋の張店にいた美しい着物を纏った遊女たちが武仁に気付いて歓声をあげる。
「お兄さん、いらっしゃいな」
「私と良い夜をお過ごしになって?」
あの中へ入るのかと武仁はげんなりする。足を向けようとすると、高田が武仁を呼び止めた。
「副社長、そちらではございませんよ!こちらです、こちら!!」
振り返ると藤妓屋の向かいに建つ、蝶妓屋の暖簾を開けている。その張店を見て武仁は驚きに一瞬足を止めた。何と並んでいるのは全員男娼だったからである。
彼らもこちら側に来るとは思っていなかったようで、小声で何かを言い合っていた。
「高田の旦那、そちらはどなたか教えていただいても?」
男娼のうちの1人が、張店の柵から高田に声をかける。
「あぁ颯か、こちらはお世話になっている親会社の副社長様だ」
「嘘、堀崎商事の!こちら側にご興味があるとは」
颯と呼ばれた男娼が口に手をやり微笑む。
「こら颯、今日は接待で仕方無しにいらっしゃって下さったんだよ。君にもお花をつけているから、先に部屋で支度して来ておくれ」
颯はやった!と叫ぶと、下働きの男たちを呼んで奥へと引いていった。
それを見届けると高田は武仁を中へと誘い、迎え出て来た支配人らしき男に部屋への案内を頼む。
部屋に向かう途中、武仁は中庭を囲う縁側が一辺のみ残りから離れていることに気付いた。それに気付いた支配人は、離れた縁側の屋形は男娼たちを始め身内が使用していると話す。各階に設けられた渡り廊下を渡って、行き来するのだと丁寧に説明した。
その屋形の縁側に視線を巡らすと、1匹の猫がとてとてと歩いているのが見えた。
向かった先には1人の男娼がいる。流れるような美しい黒髪を垂らして、薄い襦袢姿のままで猫を撫でていた。
支配人が慌てて葉月!と呼び掛ける。ビクッと肩を震わせたその男娼は、武仁たち客の姿に気付いて慌てたように平伏せて部屋へ入っていった。猫も彼の後を追って部屋の中へ消えた。
「あの子は?」
武仁の問いに、支配人は頭を下げた。
「2年目の男娼の葉月でございます。申し訳ございません、お見苦しい姿を……」
「副社長、宜しければあの男娼をおつけ致しましょう!!」
ただでさえ足を踏み入れたがらない芦原に武仁を連れて来た高田本人は、これ幸いと言うように支配人に言い付けた。
支配人は了承し、武仁たちを部屋に案内すると即座に消えてしまった。
最初のコメントを投稿しよう!