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プロローグ
大政奉還の実施により、江戸時代が終わりを告げてから数年ーー各地で文明開花が始まり、和と洋の文化が入り乱れ始めても、独自のしきたりと文化を重んじる一族がいる。
町との交流を一切断ち、森の奥深くにひっそりと集落を構える、十六夜一族だ。
十六夜一族は皆、人々が羨む程の麗しい外見を持ち、それ故に昔より娼婦としてその身を狙われる事が多かった。しかし、誰一人として、花の街で彼らを見かけたことはない。代わりに町の外れで人さらいの無残な死体を幾度となく目にしていた。次第に町民達の間で、妖力を持っている、関われば祟られるなどの噂が広まり、忌み嫌われる様になった。十六夜一族は、歴史の流れに飲まれるように表の世界との関わりを絶ち、集落の入り口に結界を張り、外部の人を遮断した。しかし、裏では様々な武家や公家と人脈を持ち、陰で国を操っていると言われている。
ところが、時代や文化の移り変わりにより、町の若者の間ではその噂が段々と薄れつつあり、十六夜一族に憧れを抱く者が増えていった。また、十六夜一族の若者の中でも、外に興味を持つものが出始め、次第にお互いが交わる様になった。江戸の町で彼らを見かければ女子は頬を赤らめて、目をきらきらさせる。
「きゃあ、素敵だわ。なんてかっこいいのでしょう」
「一度で良いからそのお美しい顔で見つめて欲しいわ」
書物屋の錦絵にも十六夜一族を模した男性の絵が売られている。鮮やかな着物を身に纏った女子達がその前で群がっていた。
「 みてみて、双葉一羽の『裏忍者自由伝』の新刊が出てるわよ、もう読んだ?忍者として裏社会で暮らしていた若者が、いつか表の世界に行きたいと夢を見るの。そして今回はついにね…」
「ええ!恋をしたの?誰に?」
「それがまだそこまで描かれてなくて…次回のお楽しみね」
「まぁ、じれったいわね!でもこの話、十六夜一族みたいだと思わない?」
「十六夜一族と恋ができれば祟られたっていいわ」
「まぁ、なんと言うことを!私も思いますけどね」
「ははははっ!」
「だとよ、悠人…双葉先生」
「…」
話しかけられて振り向いた男は、手に取っていた本をぱたりと閉じた。
二重の少し釣り上がった薄茶色の目、日焼けをしていない白い肌、癖の入ったぼさっとした黒短髪だが、前髪は目にかかるくらいの長さをしている。背は低すぎず、高すぎず、地味な着物を着ていて暗い印象だ。見た目に無頓着な男の為、一見不格好に見えるが、前髪の間から見える目と端正な顔立ちから正しく十六夜一族の者だった。
「本がどんどん売れて良かったなぁ、まぁ俺の挿絵のおかげでもあるんだけどな」
こう話すのは、金色の長髪を紅白の紙紐でゆるく束ねた男だった。背が高く、乱れた色鮮やかな着物からは美しい胸板がちらりと見える。切れ長な一重の目元が美しい男だ。この者も間違いなく十六夜一族だ。
「早く編集担当と会おう、行くぞ成久」
無愛想な顔をちらりと成久に向けた後、本を手にとる人々の間を抜けて大通りを歩いていった。
「はいはい、先生」
「先生はやめろ」
「だって、たったの十七ですでに超売れっ子作家じゃないか。『裏忍者自由伝』の新刊もすごい勢いで売れてるってよ、大先生っ」
成久が悠人の顔をのぞき、からかいながら言葉を弾ませた。
「僕は売れる為に作家をしているわけではない。僕は…」
悠人はむすっとしながら答えたが、すでに成久の耳には入っていなかった。
「きゃあ‼︎ 成さんよ!ねぇ、今日は暇なの?遊ぼうよー」
「今日は私の番だわ」
「何言ってるの?今日こそ私との約束を果たしてくださいますわよね?」
「いやぁ、みんな可愛いから迷っちゃうな」
女子に囲まれ、にやけ顔の成久を見ながら、悠人はため息をつくと彼の横を通り抜けて歩いていく。派手な見た目の男の隣では、悠人は十六夜一族だと見えないのだ。
「先に行ってるぞ」
この光景はいつもの事だ。慣れた悠人は分かっている、関わらない方が良いと。
そして、刷版担当といつも待ち合わせているうどん屋『えん』に向かったのだった。
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