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「では、単刀直入に――捕虜の交換をして頂きたい」
白虎国ではめったに見ない漆黒の長髪を後ろで結い、深い海のような碧の瞳に鋭い刃のような怜悧な美貌。
青龍国軍、なかでも通称スターチスと呼ばれる小隊のトップであるこの男――竜胆の提案に皐月は目を瞠った。
わざわざ敵地にまで乗り込んできて、何を言いだすかと思えば。
拒否の言葉を皐月が口にする前に、竜胆が畳み掛ける。
「上は彼らを切り捨てました。しかし、彼らは私の部下です。私は隊の長として、彼らを見捨てるわけにはいきません。故に、これは私の独断ということになります」
どうだか。罠かもしれない、と皐月はチラリと傍らにいる百合に視線をやった。
白虎軍と青龍軍の会談を百合とともに見守っていた椿は、皐月の視線に気づくと小さく首を振る。
彼女は嘘を見抜くことに長けており、今のところ嘘ではない、らしい。
「我々の隊は我が国の軍隊の中でも一番強いと自負しております。その軍隊のトップである私が、敵軍隊の捕虜となるということは、我が国にとって相当な痛手かと」
それは確かにそうかもしれない。
だが、皐月には目の前の男の真意がいまいちつかめない。
何か企んでいるのではないか、その考えが捨てきれない限り、おいそれと頷くことはできない。
「ただの一般兵の捕虜三人に対して、私一人では釣り合いませんか? 少なくとも彼らなどよりは、有益な情報が搾り取れるかもしれませんよ」
最後にフッと薄く微笑んで、相手はそう締めくくった。
皐月は苦い顔をする。
「……逃げるつもりだろ」
「ああ……そうですね。では、三日。彼らが無事に我が国に帰還できるまでは大人しくしていることを約束しましょう。――ただし、彼らが無事に帰還できたと確認できたら、私は捕虜として、こちらから脱走することに尽力します。いかがですか?」
しれっと答える竜胆に、皐月は胃が痛くなってきた。
いかがですかも何もない。
「つまり、簡単に終わらせたかったら、三日で吐かせてみろっつーことか。……けど、あんたの力は侮れないしな……こっちのリスクが高すぎる」
戦場で直接対峙したことはないが、彼の実力は自分たちのトップである藜と同レベルといわれている。
わかりやすく言うと、たった一人で国を崩壊させられるレベルだ。
「おや、三日の猶予では足りませんか? 私から力を奪うなり、拘束するなり、警備を強化するなり、する時間は十分あるかと思いますが。……まぁ、それでも間に合わず三日後に私が逃げられるようなら――あなた方の軍事力が、その程度のものだったということですね」
碧の瞳を細めた男は、そっと美しく微笑んでみせる。
なんて綺麗な微笑み――ではなく、あからさまな挑発だった。
そこまで言われてさすがに皐月も頭に来なくもないが、ここで挑発にのってしまっては、相手の思うつぼだろう。
さて、どうしたものか、と皐月が頭を悩ませた刹那――
「……言ってくれんじゃねぇか」
背後から低い声音が響いた。
皐月が振り返ると、獅子の鬣のような白髪に獰猛に輝く金の瞳を持つ野性味あふれる男が佇んでいた。
「藜!?」
なんでここに、と驚く皐月は、藜の後ろにペロリと舌を出す椿の姿を見とめてため息をついた。
間違いなく椿が呼んできたのだろう。
皐月は、まるで新しい獲物を見つけたかのように爛々と輝く藜の金の瞳を見て、いろいろと諦めた。
今の藜を止められる者はきっといない。
「おもしれぇ……要は三日で、おまえを落とせばいいんだろ」
「ええ……やれるものなら」
藜の威嚇をさわやかに受け流しながら、竜胆は不敵に微笑んでみせる。
「――その言葉、後悔すんなよ」
藜は、強い意志を秘めた碧の瞳を見返して、獰猛な笑みを浮かべた。
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