青龍国軍隊:基地

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青龍国軍隊:基地

 通称スターチスと呼ばれる青龍国軍隊、その基地にて。 「露草さんたちを見捨てるって言うんすか!」  会議室に青磁の声が響いた。 「それが上の決定だ」  返答する瑠璃の声は冷たい。  憤りを覚えた青磁は、上官の前と言うことを忘れて感情をぶちまけて叫ぶ。 「ふざけんな! 三週間ですよ! 三週間も上の判断を待って、耐えて、我慢してたのに、その結果が見捨てるとか!? 冗談じゃない!」 「青磁隊員。気持ちはわかるが、少し落ち着きなさい」  事務的な瑠璃の言葉が、頭に血が上っている青磁の癪に触る。 「こんなん……っ落ちついてなんていられませんよ!! 俺は行く!! 竜胆隊長たちが動かないなら、俺一人でも葛たちを助けに行きます!!」 「ちょっと、青磁……!」  隣りに佇んでいた菖蒲が取り乱す青磁を宥めようと袖をひっぱる。 「止めんなアヤ! 俺は絶対に、仲間を見捨てたりしない!!」  青磁は菖蒲の手を乱暴に振り払った。  その直後、荒れる青磁の耳に、皮肉なほどに冷静な声が届く。 「――青磁君。君は、たった一人で無謀にも敵陣へ殴り込みに行く気なのですか」  後ろで結った鴉の濡れ羽色の長髪に、思慮深い碧の瞳を持つ男。  部下が人質になっているというのに、まったく表情の変わらない上司が、この時ばかりは憎らしい。  普段なら委縮して引き下がるところだが、今の青磁にはそれを気にする余裕はなかった。 「竜胆隊長もあいつらを見捨てるって言うんすか! いくら上からの命令でも、俺は聴けません!! 無謀でもなんでも、あいつらを助けに行きます!!」  瞳に憎悪の炎を宿らせて、怒鳴る青磁の言葉に、竜胆の眉がわずかに動いた。 「おや、心外ですね……私がいつ、彼らを見捨てると言いましたか?」  声を荒げるでもなく、淡々と紡ぎだされたその言葉を聞いた途端、その場にいた全員がぞくりと背筋を凍りつかせた。 「私がこの一か月、何もしないでいたとでも?」  怜悧な瞳に射すくめられて、青磁の頭は一気に冷えた。  怒りのあまり忘れていた冷静な思考が戻ってくる。  会議室に集まっていた隊員たちを見渡して、上の判断に憤っているのは自分だけではないのだと、ようやく理解した。 「……すみません」  この場にいる全員が同じ気持ちなのだ。  囚われの身となった仲間を助けに行きたい気持ちは、みんな同じなのだ。 「君のその心意気は賞賛に値します」  竜胆は少しだけ落ち着きを取り戻した青磁を見据えて薄く笑った。 「状況を整理しましょう。瑠璃君、葵君」 『――はい』  竜胆の言葉に、瑠璃と葵が端末を起動させ、複数の資料をホログラムで表示する。 「露草率いるチームB班のうち、班長である露草隊員、班員の葛隊員、菫隊員が、先のサイネリア地域制圧戦線の際、白虎国軍隊「白獅子」の捕虜となったのが、およそ三週間前」 「…………相手は、白虎国が最強と称する軍隊。相手が相手なんで、捕虜の奪還をどうするか上に申告した所、返答があったのが三週間後の今日。上は、一般兵が握る情報は特に重要機密事項でもなく些細なものにすぎないと判断。捕虜を切り捨てることを決定」  上の決定事項を聞いた瞬間、青磁の表情が怒りに歪む。 「クソくらえですね」  その言葉を誰が発したのか、一瞬その場にいた誰もがわからなかった。 「次の進撃があるまで待機せよ、というのが上からの命令です」  淡々と言葉を紡ぐ竜胆を、全員が驚いたように凝視する。  彼の口元は笑みの形を刻んでいたが、その蒼の瞳はまったく笑っていなかった。 「さて、諸君。今から私が実行しようとしているこの計画は、上からの命令に背くことになります」  静かな口調で紡ぎだされた言葉の意味を瞬時に理解した全員が、ハッと息をのんだ。  「それでも私についてくるという者のみ、ここに残ってください。一応忠告しますが、軍隊において命令違反は御法度です。どんな罰を受けるのかわかりません。クビ、ということもありえます。この国から居場所がなくなるかもしれません。――それが嫌だと言う者がいれば、遠慮することなく、ただちにこの場から退出してください」  引き止めませんから、と竜胆は告げたが、彼の言葉の途中から、全員はさも当然のように覚悟を決めて表情を引き締めていた。  その場から退出する者は一人としていなかった。 「本当に、よろしいのですか」  全員の顔を見渡して、確認するように竜胆が念を押す。  出て行くなら今しかない。  けれども、誰一人として動く者はいない。 「俺は、露草さんたちを助けに行きます」  青磁が一歩前に出て告げる。 「ボクも青磁隊員に同意します」  横に並び出た菖蒲も告げる。 「竜胆隊長に従います」  生真面目な口調で藤が進み出る。 「右に同じ」  杜若が短く同意を示す。 「上の頭の固いジジイたちなんて俺たちのこと、捨て駒ぐらいにしか思ってないだろうし」  フンと笑いながら青蘭が愚痴っぽく言う。 「どこまでも隊長にお供いたします」  瑠璃が静かに述べる。 「……俺は、あんた以外に従うつもりはないんで」  最後に葵が低い声音で呟いた。  どうやら覚悟を決めた隊員たちの意志は固いようだ。 「よろしい」 そう言って竜胆は薄く笑った。
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