妖精を売る男

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 ブライアンは横柄さを隠さなかった。マーサとロイが入ると、わざとらしく残念そうな顔を作り、 「なんだ、あの茶髪の彼女と、背の高い彼が良かったのに」 「あなたの審問は私たちが担当します。私はキャロライン四級審問官」 「俺はサンダース七級審問官。よろしくどうぞ」  二人とも、挑発には乗らない。マーサが無表情に、ロイがにっこりして挨拶すると、ブライアンは腕を組んだ。 「何が聞きたい?」 「あの、地下室にいた妖精たちはどうして?」 「なに、一時的に『保護』していたのさ。怪我をした妖精を見て、放っておけるか? そんなことできないだろう? あなたに良心があるなら……」 「雑な嘘ね。妖精は、善悪の区別がついている人間の前には現れません」 「……」  ブライアンは、笑い顔のまま表情を歪めた。マーサは現場の状況を書き留めたメモを見せた。 『足が切断されているものが複数。故意に切り落とされたものと見られる』 「逃げられないように、あなたがやったのでしょう」  ジルには言わなかったが……マーサがエドワードと一緒に捕獲した妖精の一部には、くるぶしから先がなかった。ブライアンに切り落とされたのだろう。羽がむしり取られたような妖精もいた。 「証拠はあるのか?」 「あるぞ」  不意に扉が開いた。マーサは少し嫌な顔をして、 「エド、ノックをしなさい」 「失礼しました、マーサ。協力を要請した近隣の町で、妖精のバイヤーが捕まりました。その取引先の名簿に、ブライアン・ジョンソンの名前が」 「エドって言うのかい? 君、優秀そうだね。まあ、優秀なんだろう。でも、『ブライアン・ジョンソン』って言う名前の男が、この国に何人いると思う?」  ブライアンも、ジョンソンも、ありふれた名前だ。今目の前にいる彼以外にも、複数いるだろう。 「連絡先があの家だったぞ。流石に、同じ住所に立て続けに『ブライアン・ジョンソン』がいる確率は低い」 「馬鹿な、そんな筈はない」  そう口走ってから、ブライアンは顔をしかめた。エドワードは目を細めて口角を上げる。 「おっと、そうだった。確か、前に住んでいた町の住所だったんだった。俺の勘違いだったらしい。でも、どうしてお前は『そんな筈はない』って言えるんだ?」 「俺じゃないからさ」 「じゃあ、なんで前に住んでいた住所が? 引っ越してから連絡を取った様だが、嘘の連絡先を教えるのに、使ったことのある住所を書くのは少し頭が足りなかったな」  ブライアンはしばらくエドワードの顔を眺めていた。優しそうで、言いくるめやすそうだと思っていた男が、思いの外舌鋒鋭く、自分にはったりを仕掛けてくるとは思わなかったのだろう。鼻を鳴らす。 「大した罪じゃない」 「では、認めますね?」  ブライアンは拗ねた様に肩を竦めた。ロイが身を乗り出して、 「でも、どうやって? 妖精は、捕まえようとしたら出てこないって言うよ? どうやって捕まえたの? 教えてくんない?」  若い審問官が、自分に教えを請うのが愉快だったのか、ブライアンは少し機嫌を取り戻したようだった。にやりと笑い、 「『捕まえるかどうかは会ってから考える』と思えば良い」 「そんなことできる?」 「できる。少なくとも俺には、俺たちにはできる。君たちのような凡人とは違うからね。妖精に会う条件を?」 「『一つ、無邪気であること。二つ、善悪の区別が付かないこと。三つ、捕まえる意思がないこと』」  マーサが諳んじた。ブライアンは満足そうに頷き、 「故に、妖精の密売人に相応しいのは、子供の心を忘れずに、善悪の区別が付かず、捕まえると言う意識を持たないものだ」  ブライアンは背もたれに身体を預けながら、にんまりと笑って見せる。 「俺はどうやら善悪の区別がついていないらしい」 「そのようですね。逃げられないように、と妖精の脚を切り落とすことに疑問を覚えない時点で、相当だと思います」  マーサはため息を吐きながら、 「売りさばくとわかっていながら、捕まえる意識を持たないと言うのは興味深いわね」 「それは、あんたたち凡人にはできないことだ」 「したくもないけど」  ロイが肩を竦める。マーサは調書を片付け始めた。 「今日は終わりかい?」 「ええ。今日の審問はここまでにします。一つ言っておくわ」 「なんですか?」 「私たちは人間の異端を追求します。けれど、妖精は人の法が適用されません」 「つまり?」 「妖精はそこら中にいます。この建物の中にも。その彼らはあなたの罪を知っています。仕返しされないようにお気を付け遊ばせ。私たちも、妖精の『悪戯』は追求できませんからね」  部屋の隅から、小さな笑い声が聞こえた。  でも、それも一瞬だった。気付いたのはロイだけで、その彼も、気のせいかと思って首を横に振った。 ●  その日の夜中。  ブライアンは、与えられた留置室で、薄い毛布にくるまって眠っていたが、ふっと目を覚ました。囁き声が聞こえる。隣に留置されている異端だろうか? 何を言ってるんだろう? 興味を覚えて、彼は聞き耳を立てた。  しかし、どれほど耳を澄ませても、彼が知っている言語は聞こえてこない。何だ? 頭がおかしいのか?  聞いている内に、ブライアンはその囁き声が複数であることに気付いた。二人や三人ではない。十、二十……いや、それ以上だ。 「……?」  聞き覚えがあるような気がする。いや、つい最近聞いたような気がする。どこだったか。ここと同じ、暗くて狭いところ……。  自宅の地下室だ。  妖精を閉じ込めていたあの。  それに気付いた途端、ブライアンは起き上がった。なんでこんな所に妖精が? 一体どこに? 降り注いでくる。囁き声が。 「上……?」  ブライアンはふっと天井を見上げた。そして見た。  無数に光る、小さな目を。  彼が悲鳴を上げると同時に、その小さな光が一斉に彼へ飛びかかった。  翌朝、ジルが出勤すると、マーサとエドワードが難しい顔で向かい合っていた。二人とも、眉間に皺が寄っている。ロイだけが、壁にもたれて紅茶を飲んでいた。出勤して最初に、昨日の失態を詫びようと思っていたジルは、そのどんよりとした空気に気圧されて、 「お、おはようございます……」  おずおずと声を掛ける。すると二人は、ぱっと顔を上げて彼女を見た。エドワードが疲れたように、 「ああ、ジル、おはよう。具合は悪くないか?」 「ええ、おかげ様で……どうしたんですか? お葬式の相談みたいですよ」 「昨日の審問で……」  エドワードが、マーサの方をちらちらと見ながら話し始めた。昨日、マーサとロイ、最終的にエドワードを交えた三人で行なったブライアンの審問について。 「……私も腹が立ったから、妖精が仕返しにくるぞ、と脅かしたんですよ。まったく反省の色が見えませんでしたからね」 「わ、私もそう思いますけど……」  ブライアンがそれくらいで怯むとも思えない。 「今朝、俺が出勤したら、もうブライアンはいなかった。病院に運ばれたそうだ」 「俺んちの近くの病院ね。夜中にすげー勢いで、審問所の馬車が駆け込んで来たから、ああ、野郎かなって思ったよ」 「そ、それは良いとして、何故ブライアンは病院に?」 「夜中に悲鳴が聞こえて看守が見に行ったら……全身に針が刺さったブライアンが発見されたそうだ」 「……なんですって?」  あまりにも想定外のことを聞かされて、ジルは悪い冗談を聞いた時の顔になってしまう。エドワードも苦虫を噛みつぶしたような顔をしながら、 「数十本って言う数だ。それを一瞬で。人間業じゃない。看守は悲鳴がしてすぐに駆けつけた。やった奴には逃げる時間なんてなかったはずだし、鍵も掛かっていた」 「……ブライアンはなんて?」 「妖精がやったと……」 「本当に……」  マーサは渋い顔で首を振った。 「無邪気で、善悪の区別が付かず、捕まえる意思のないもの。留置されたブライアンは、確実に全て満たしていたでしょうね」  皮肉にも、妖精を捕まえてもどうしようもない時に、「捕まえるかどうかは会ってから考える」という小細工もなしに妖精に会えるようになってしまった。そして、妖精の方から姿を見せたというわけだ。 「ま、俺たちがここでどんなに暗くなってても、ブライアンの野郎が治るわけでもねぇ。今日の仕事しようぜ」  ロイの言葉に、エドワードが苦笑した。 「そうだな。マーサ、今日は相談業務を終えたら、昨日の報告書のまとめで良いですよね?」 「ええ、それが良いと思います。報告書なんて、溜めて良いことはないもの……」  その時、部屋の隅で小さな足音がした。マーサが目を見開き、ジルが振り返り、エドワードが立ち上がる。 「妖精か!?」 「ネズミかもしれませんよ」 「いえ、ゴキブリです!」  マーサが嫌悪感を隠さずに怒鳴る。彼女はエドワードが座っていた椅子を持ち上げると、足音がした方に駆け寄ろうとした。それを、エドワードが止める。 「マーサ! マーサ! ストップ! またドロシーに笑われますよ!」 「放しなさいエド! 今日こそ叩き潰すんです! 見てなさいよ、私を馬鹿にして……!」 「落ち着けってマーサ! 雀だよ」  マーサとエドワードがもみ合っている内に、ロイがさっさとそれを捕まえていた。彼の掌にすっぽり収まっていたのは、小さなくちばしの雀だった。 「……」  ちちち、とロイの手の中でさえずる雀を見て、マーサは目を細めた。ジルを見る。 「何よ……」 「わ、私は何も……」 「あー、良いよ、ジル、気にするな。マーサ、そろそろ俺たち相談に出るから。行こうぜ」  ロイが雀を手に持ったまま部屋を出た。エドは苦笑いしながらマーサにウィンクし、ジルを手招きする。ジルはマーサとエドワードを見比べて……くすりと笑ってエドワードの後について行った。 「まったく……」  マーサはやれやれと首を横に振った。昨日の聴取の内容をまとめようと、聞き取った内容をメモした紙を広げる。かさりと紙が触れ合う音がした。  そして、さっきとは違う部屋の隅からも。  マーサは鋭くそちらを見据えた。  数分後、エドワードがマーサの雄叫びを聞きつけて、元来た廊下を引き返すはめになるのであった。
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