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夢想
Side:玲王
繊細に動く右手。コームを添える左手。
少し大股に足を開いて自分のカットしたい場所へ高さを合わせる。
シャシャシャという軽快な音とともに、切り落とされた髪がケープを滑って床に散る。
ざっくりとまくり上げた袖の下には、肌色のテーピングテープが巻かれた腕が覗いて、時折お客から「あら槙野くん腕どうかしたの?」と尋ねられた。
さおとめ鍼灸整骨院に通うようになって手首の痛みはどんどん良くなって、ものすごく忙しい日以外はほとんど痛みを感じなくなってた。
「完全に痛みが消えるまでは、間隔をあけてもいいので通ってくださいね」
俺を担当してくれてる三葉先生がそう言った。
けど、俺はあまり間隔を開けず、少なくとも週2は行けるように頑張ってた。
腕のためもあるけど……気になる人がそこにいるから。
同じ整骨院で働いてるその人は多分、俺より年下。
小柄で色白なその人の、中でも特に惹かれたのは顎のシャープなラインと澄んだ茶色の瞳。
俺はあの人が同類だと思った。直感的に。
もともとマイノリティの俺たちは出会ったときにその共通項で親近感を持ちやすいものだけど、あの人とはなかなか親密度を上げてくことが出来なくて……
ゲイか否か?それすらも確認できてない。
俺、わりと惚れっぽい方だって仲間から言われるけど、闇雲に好きになるわけじゃない、これでも。もちろん最初は外見的要素も含まれるけど、それはあくまで入口で。
惹かれたその後は中身を知りたくて近づく。
けどあの人は、巧妙に俺を避ける。
俺のことがタイプじゃないってことなのかな。もう恋人がいる?
どれも憶測の域を出ないから、それならそうとはっきりと確かめたいんだよね。
鏡越しにスタイルを確かめながらブローしていく。
じっと鏡の中から客の女性の視線を感じる。
悪いけど……好み云々の前に性別がアウト。とは、もちろん言えないんだけど。
職場はもちろん、家族にもカミングアウトはしてない。今後もするつもりは、ない。
恋人は1年前からいない。
無性に体が疼くときがあるけど、好きでもない相手と気軽に寝れる性格でもなくて……
今はあの人を抱くところを夢想する。夜、ベッドの中で。
まずは、もっと話してみたい。
なぜ俺を避けるの?小柴先生……
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